あの時、私の家族が破産し、皆が私を見捨てた中で、彼だけが私を受け入れてくれた。
その時は、ただ運命の恋に出会えたと思っていた。
この数年間、私は彼を無条件に信頼し、心を尽くして彼の世話をしてきた。
でも、これまでの忍耐と献身の末に待っていたのは、血も凍るような真実だった。
それならもう、理解のある良妻を演じ続ける必要もない。
松本勇樹のあの見慣れた、でも今は見知らぬような顔を見つめながら、私は個室のドアを開けた……
入室前から、想像できる限りの不愉快な光景を思い描いていたけれど。
個室に入り、ドアを開けて目にした光景は、それでもドアノブを握る手に力が入り、もう少しで心が折れそうだった。
彼は女性の艶やかな唇に近づき、間には濡れたティッシュ一枚だけ。
周りから笑い声と野次が飛び交う。
「くっついた!くっついたぞ!さすが河村さんだ!」
「雰囲気も盛り上がってきたし、みんなの前でキスしちゃえよ!」
ドアノブを握る私の手が震えていた。
これが私が八年間愛し続けた男。今この瞬間、皮肉としか感じられない。
今日は私たちの結婚八周年記念日。私は家でキャンドルライトディナーを用意して彼を待っていたのに、彼はここで女遊びに興じていた……
「おい、もうやめろよ……」誰かが小声で注意し、入口を指さした。
全員が一斉に振り向いた。
「奥さん?どうしてここに?みんなただふざけてただけだから、気にしないで……」
私は彼の遊び仲間たちを見て、
「大丈夫よ、二日酔いの薬を持ってきただけ。後で飲んでね、無駄にしないで。みなさん楽しんでください、邪魔はしませんから。」
彼は胃が弱くて、本当はお酒が飲めない。
でも私は彼の付き合いを心配して、様々な漢方を研究してこの二日酔いの薬を作れるようになった。
この数年間、彼が飲んだ後に胃が痛くならないように、毎回一日かけて二日酔いの薬を準備してきた。
でも毎回、口元まで持っていかないと、不機嫌な顔で飲もうとしなかった。
今思えば、私は本当に馬鹿だった。
二日酔いの薬を置いて、すぐに立ち去ろうとした私を、彼が突然呼び止めた。
「柳田千夏!ここまで来て何を怒ってるんだ?」
私は振り返って彼を見つめ、ただ滑稽に思えた。
「こんな場面を見て、怒らないほうがおかしいでしょう?」
彼は抱きしめている女性を見て、
「見てしまったなら、いっそのこと全部話そう。」
「わかってるだろう、俺は一度も君を愛したことはない。これまで離婚しなかったのは、君が静かにしていてくれたからだ。」
私は指に力を入れ、爪が手のひらに食い込んでも痛みを感じなかった。
はっ、八年間の献身が、こんなにも無価値だったなんて。
「彼女はいい子だ。正式な立場を与えたい。」
彼は彼女を見つめ、目に愛情を溢れさせた。
「実は知ってるはずだ。彼女は温井優花、俺の秘書で、真一ちゃんの家庭教師だ。」
私の心が震えた。この名前は真一ちゃんが幼稚園の頃から聞いていた。
こんなに早くから準備していたのね。
いいわ、これなら真一ちゃんのことも心配いらない。
「でも安心してくれ。今はまだ離婚はしない。真一ちゃんが成人するまでは今のままでいられる。」
「結構です」私は笑みを浮かべた。「離婚するなら、きっぱりとしましょう。それが皆にとっていいでしょう。」
彼は眉を上げ、驚いたような表情を見せた。
私は背を向けて立ち去った。
「松本さん、これはまずいんじゃ……奥さん、今回は本気で怒ってるみたいですよ。」
「大丈夫だ。今日家に帰れば、何事もなかったかのように振る舞うさ。」
「そうですよ!二人はもう何年も結婚してるし、子供だっているんだから!彼女に本当にそんな覚悟があるわけない!」
彼は閉まっていない個室のドアを見て、冷ややかに笑った:
「放っておけ。続けよう。」