「陽子ちゃん……よかった、よかった……」
手に持っていた結婚証明書が、男の強引な抱擁で床に落ちた。
耳元で河村隆一の囁きが聞こえたような気がした。
粉々に砕けるような痛みが消え、私は河村隆一と婚姻届を出した夜に戻っていた。
「離せ!」
全力で上に覆いかぶさっている男を押しのけた。彼と森川麗子がホテルで横たわっていた光景が、頭の中で何度も繰り返される。
「出て行って、今すぐ!」
「嫌だ」
すんなり承諾すると思っていたのに、拒否された。
「結婚したばかりなのに別々に寝る道理はない」
不確かな気持ちで彼を見上げると、その言葉には少し寂しさが混じっているように感じた。
「政略結婚よ。感情の基盤なんてないから、愛し合うふりをする必要もない」と私は反論した。
「もう遅いから、寝よう」
そう言って、男は電気を消してベッドに入った。その動作は滑らかだった。
私は次第に冷静さを取り戻した。もし本当に生まれ変わったのなら、展開はこうではなかったはず。
前世の新婚初夜、河村隆一は自ら枕を持ってゲストルームで寝たはずだった。
まして今のような追い出しても出て行かない様子なんて。
眠気が押し寄せ、意識が朦朧としてきた瞬間、背中に温もりが寄り添ってきた。
「陽子ちゃん、好きだよ」