渡辺家は本当に最低ね!

「私は女王様、自信に輝いて、あなたが…」

三階建ての豪邸で、野村香織(のむら かおり)は歌を口ずさみながら、シルバーのスーツケースを引いて階段を降りていった。

「ねぇ香織、いい加減にしなさいよ。家出なんて面白いの?」二階から、渡辺奈美子(わたなべ なみこ)の嫌味な声が聞こえてきた。

野村香織は彼女を無視し、一瞥もくれなかった。渡辺奈美子は渡辺大輔(わたなべ だいすけ)の姉だが、この三年間、一度も義妹と呼んでくれたことはなかった。

運悪く、一階のリビングで渡辺大輔の母親である二見碧子(ふたみ みどりこ)と鉢合わせた。

「呆れたわ。うちの渡辺家がどうしてあなたのような嫁を持つことになったのかしら。毎日ボロボロのスーツケースを持って家出するなんて。あなたは疲れないかもしれないけど、私たちは疲れるわ!」

野村香織は立ち止まり、嫌悪感と諦めの入り混じった表情を浮かべた。

渡辺大輔との結婚生活三年間、渡辺家から受けた仕打ちは三年分。毎日命令口調で話しかけられ、意図的な嫌がらせを受けることは、二見碧子の日課だった。

以前なら、この高慢ちきな姑に対して、おとなしく説教を聞き、できる限り機嫌を取ろうとしていただろう。嫁としての務めを果たせていないのではないかと心配になるほどに。

今は違う。渡辺家を去る決心をし、あの「木偶の坊」の渡辺大輔とも別れを告げる。七年間片思いしていた渡辺大輔さえも諦めるのだから、この老いぼれた婆さんなど問題ではない。

真っ向から対立し、野村香織はもはや弱気ではなかった。

「疲れたなら、お帰りになって休んでください。私はあなたに見送りを頼んでいません。

「安心してください。今日から、あなたはもう疲れることはありません。私は二度と渡辺家には戻りませんから!」

野村香織の眼差しは冷たく、かつての優しさや従順さは跡形もなく、まるで別人のようだった。

二見碧子は眉をひそめた。初めて野村香織が反抗的な態度を取ったことに戸惑い、怒りが心の底から湧き上がってきた。

「無礼者!

「香織、よくもそんな口の利き方ができたわね?これが嫁としての態度なの?」

これまでは彼女が怒ると、野村香織はすぐに謝罪し、機嫌を取ろうとしていた。

野村香織は笑った。それは冷たい笑みだった!

「無礼者ですって?」野村香織は傲慢に言った。「大人が先に礼を失えば、若い者も礼を失うものですよ!」

野村香織は髪をさらりと払い、冷たい目つきで二見碧子を見つめた。

二見碧子は野村香織を指差し、顔を真っ赤にして怒った。「よくも香織!今朝は何か変な薬でも飲んだの?

「忘れないでちょうだい。私はあなたの義母よ!」

野村香織はまた笑った。ピンクの唇が上がる。「ご心配なく、すぐにそうではなくなりますから!」

「ブッブー!」

豪邸の外から、クラクションの音が聞こえてきた。

車が来たのを見て、野村香織は軽く微笑んだ。

「そろそろ行かなければ。この私物の入ったスーツケース以外は、全て部屋に置いてきました。結婚の時に渡辺家からいただいた金銀の装飾品も、全てお返しします。

「どう処分するかはお任せします。今後は私に関わらないでください!」

二見碧子の表情は定まらず、老いた目で野村香織を見つめ、今回は本気なのかどうか判断がつかなかった。

クラクションがさらに二回鳴り、野村香織はもう躊躇わず、スーツケースを引いてゆっくりと外へ向かった。

「渡辺家の皆さん、本当に珍品揃いですね!」

歩きながら、野村香織は三年間心に秘めていた言葉を漏らした。

この言葉を聞いて、二見碧子の口元まで出かかった言葉は喉に詰まり、怒りで体が震えた。

「行かせなさい、構う必要はないわ!

「彼女のような女性は、そもそも私たちの渡辺家にいるべきではなかったのよ。見てよ、あの自惚れた態度。本当に自分が大切な存在だと思い込んでいるのね」二階から、渡辺奈美子が冷たく言った。

二見碧子は複雑な表情で、野村香織の背中を見つめながら、普段は従順で素直な嫁が今日はどうしてこんなに変わってしまったのか、とても不思議に思った。

あの「ご心配なく、すぐにそうではなくなりますから!」という言葉が、彼女の神経を刺激し続けていた。

豪邸の外で、ピンクのマセラティが疾走して去っていった。二見碧子が玄関まで追いかけると、テールランプの残像しか見えなかった。

「本当に、本当に行ってしまったの?」

渡辺奈美子は軽蔑した様子で言った。「お母さん、心配する必要はないわ。彼女が出て行くなんて最高じゃない。祝杯を上げましょうよ!

「柳川ちゃんがもうすぐ戻ってくるし、彼女が自分から出て行くなんて、むしろ都合がいいわ」

二見碧子は何も言わなかった。野村香織の出奔に一瞬動揺したものの、すぐに受け入れた。息子はもっと良い女性を見つけることができるはずだ。

「やったわね!

「香織ちゃん、今日こそあなたは人として頭を上げたわ。あの奇怪な母娘、怒り死にしそうだったでしょう、あはは…」

マセラティの中で、小村明音(こむら あきね)は運転しながら興奮して言った。

「どうでもいいわ!」助手席で、野村香織は冷笑した。「今からは、私は私らしく生きる。この数年で失ったものを全て取り戻すわ」

嘉星グループ、最上階。

「野村さん、入れません。渡辺社長は会議中です」秘書の岡山洋子(おかやま ようこ)が制止した。「渡辺社長にお会いになるには予約が必要です。お帰りください!」

野村香織は冷笑した。この三年間、岡山洋子は一度も渡辺さんと呼んでくれたことがなかった。このような扱いに、かつては狂いそうになったこともあった。