緑茶室、特別個室。
野村香織が座ってまもなく、ドアが開き、黒いドレスを着た天満玲子が入ってきた。野村香織は急いで迎えに立った。
天満玲子を見て、野村香織は密かに驚いた。間違いなければ、天満玲子はもう六十歳近いはずなのに、その顔には歳月の痕跡が全くなかった。
天満玲子は背が高く、スタイルが良く、三日月のような澄んだ瞳は生き生きとしていた。人生の苦労を感じさせる曇りもなく、老いによる弛緩や肥満も全くなく、春風のような笑顔と優雅な気品だけを漂わせていた。
「あなたが渡辺大輔の元妻の野村香織?噂のサマーさん?」二人が席に着くと、天満玲子が先に口を開いた。
自分のことが天満玲子に知られていることを悟り、野村香織は素直に認めた。「天満社長、私がサマーの野村香織です。ですが、噂なんてとんでもありません。社長の前では、私なんて小物です。」
天満玲子は笑って言った。「まあ、緊張しないで。実は二年半前に一度お会いしているのよ。その時は私たちそれぞれ用事があって、挨拶する暇もなく別れてしまったけど。あれは特別な会食だったわ。」
野村香織は少し驚き、急いで記憶を辿った。二年半前といえば、渡辺家に入ってまもなくの頃ではないか?結婚式以外で、渡辺家に入ってから出席した会食は一度だけで、はっきり覚えている。その会食では二十分ほど出席して急いで帰ったのだ。
その時、渡辺の母親に叱られて心が乱れ、急いで渡辺家に戻ろうとして、出口で誰かにぶつかってしまった。でも当時は急いでいたので、相手の顔も見ずに謝罪だけして立ち去ってしまった。
ここまで思い出して、野村香織は改めて天満玲子を見つめた。もしその日の会食で彼女を見た人がいて、しかもその人に会ったことがないとすれば、出口でぶつかった人しかいない。
「ふふ、思い出したようね。」天満玲子は話題を変えて言った。「でも私はあなたを責めに来たわけじゃないわ。先日のオークションで、あなたと渡辺大輔が競り合った件は、ネット中で話題になっていたわね。」
野村香織は頷いた。「お恥ずかしい限りです。」
給仕がノックして入り、碧螺春茶を一壺持ってきた。一連の作法を経て、二人にお茶を注ぎ、丁寧に退室した。