柴田貴史は肩をすくめて言った。「私は野村香織のことをよく知っているから、彼女なりの考えがあるはずだよ」
小村明音は口をとがらせた。「どんな考えよ。杉村俊二が香織を見る目つきが怪しいわ。さっき香織が歌を歌ってた時なんて、香織ちゃんをじっと見つめてたのよ」
柴田貴史は苦笑いを浮かべた。「杉村さんも自分なりの思いがあるってことだな」
小村明音は大きな瞳をくるくると回しながら、親友の野村香織があまりにも優秀すぎて、ステージで歌を一曲歌っただけで杉村俊二のようなイケメンの心を捕らえてしまうことを考えていた。
……
宴会場の外。
野村香織は足を止めた。まだ完全に外に出る前に、渡辺大輔がポケットに両手を入れて、氷のような表情で彼女を見つめているのに気付いた。
野村香織は眉を上げた。前回二人が不愉快な別れ方をしてから、しばらく会っていなかった。今、彼が入り口で待ち構えているのを見ても、挨拶をする気にはなれなかった。別れは別れ、未練がましくする必要はない。野村香織はそれほど単純だった。
渡辺大輔を冷ややかに一瞥し、野村香織は駐車場の方へ向かって歩き出した。もう他人同士なのだから、接触を避けられるなら避けたほうがいい。
「野村香織」彼女が数歩も歩かないうちに、渡辺大輔が彼女の名前を呼んだ。
野村香織は眉をひそめて振り返り、不審そうな表情で渡辺大輔を見た。「渡辺社長、何かご用でしょうか?」
彼女のそっけない態度に、渡辺大輔の表情はさらに暗くなった。離婚してから、彼は現実感がないような感覚に襲われることが増えていた。特に野村香織の態度は、彼の想像を完全に覆すものだった。まるで以前の彼女とは別人のようで、今の野村香織は彼に会うたびに容赦なく当たり散らすのだった。
「香織、確かに私たちは離婚したけど、それでも一度は夫婦だったんだ。一日の夫婦でも百日の恩があるって言うだろう。なぜそんなに敵意を持つんだ。それに、私はお前が思うほど悪い人間じゃないはずだ」渡辺大輔は冷たい表情で反論した。嘉星グループの社長として、彼には自分なりのプライドがあった。
「ふん、渡辺社長、その言葉の意味は、逆に解釈すると、実は私のことを嫌いじゃない、むしろ好きだということですか?」野村香織は唇の端を上げ、アーモンド形の瞳で渡辺大輔をじっと見つめた。