野村香織と渡辺大輔がバーに入ると、ちょうど桜花ホテルの総支配人とばったり出くわした。自分の上司が来たのを見て、総支配人は挨拶しようとしたが、野村香織の鋭い視線に押し戻された。
総支配人の座に就く人物は、知能も感情知性も一般人をはるかに超えている。美しい女性上司の視線の意味を即座に理解し、頭を逸らして野村香織を知らないふりをした。
バーの隅に座った野村香織と渡辺大輔。ソファに腰を下ろす前に、野村香織は言った。「話があるんでしょう?何かしら?」
渡辺大輔は野村香織を見つめた。たった11ヶ月で、この元妻は完全に別人のように変わっていた。3年間の結婚生活で、二人の関係は名ばかりのものだった。結婚初夜から別居し、野村香織に指一本触れることもなかった。
それ以来、野村香織は渡辺家に住み続け、彼が戻ってくるのを待ち続けていた。しかし彼は野村香織に対して嫌悪感を募らせ、プライベートな別荘に住み続けていた。