野村香織と斎藤雪子は目を合わせ、笑いながら言った。「川井社長が私と一緒に食事をしたくないのなら、私たちは先に失礼しましょう。時間があるときにサマーさんに直接川井社長と話してもらいましょう」
そう言うと、彼女はバッグを手に取り、すぐに立ち上がって部屋を出た。まったく躊躇することなく、振り返りもせず、演技めいた様子は微塵もなかった。
二人が部屋を出て、ドアが閉まりかけた瞬間、川井星秋はようやく我に返り、慌てて叫んだ。「待って!ちょっと待って!」
鈴木秘書も焦った。しかし、彼は個室のドアに一番近かったため、まだ完全に閉まっていないドアを開け、野村香織と斎藤雪子がまだ外にいるのを見て、ほっと胸をなでおろした。
野村香織はドア口に立ったまま、相変わらず笑顔で言った。「川井社長、何かご用でしょうか?」
川井星秋は急いで立ち上がり、無理に笑顔を作って言った。「野村さん、誤解されているようです。私はあなたを軽視するつもりはありませんでした。サマーさんが全権をあなたに委任されたのなら、じっくり話し合いましょう。私は本当に誠意を持って臨んでいます」
野村香織の威圧に一発食らった後、川井星秋はようやく大人しくなり、態度が大きく変わった。少なくとも丁寧な言葉を使うようになり、先ほどの上流社会のエリートぶった態度とは全く異なっていた。
野村香織はこうする必要はなかったのだが、交渉は対等な立場で行われなければならない。彼女が部屋に入った時から、川井星秋は彼女を見下していた。それは彼女が受け入れられないことだった。今では少なくとも二人は普通に会話できるようになった。
野村香織は頷いて言った。「誤解だったのなら、それは何よりです。私たちもサマーさんの誠意を持って来たのですから」
雰囲気が和らいだのを見て、鈴木秘書も急いで取り繕った。彼は体でドアを支えながら、野村香織と斎藤雪子に「どうぞ」というジェスチャーをして、笑顔で言った。「お二人の美しいお嬢様、お料理がもうすぐ出来上がります。どうぞお座りになってお食事の準備をしてください。和やかに食事をしながら話し合いましょう」
野村香織は口角を少し上げ、斎藤雪子と共に再び席に着いた。そして四人は光文堂による茂森の買収について、値段の交渉を始めた。