第276章 永遠に許すことはできない

野村香織は表情を変えずに言った。「人違いですよ」

渡辺大輔は彼女を見つめ、確信を持って言った。「間違いないはずです。それに、僕を騙すことはできません。あなたの姿を思い出したんです。あの雪の夜、僕があなたを救ったんです」

「キッ...」野村香織はブレーキを踏み、車はゆっくりと停止した。渡辺大輔は彼女が驚いたのかと思ったが、前方は赤信号だった。

野村香織は冷ややかに彼を一瞥して言った。「それで、何度も何度も私を救ったことを持ち出すのは、一体何のため？恩を売って返してもらいたいの？」

彼女が間接的に認めたのを見て、渡辺大輔は言った。「香織さん、あなたのことを思い出してから、なぜ僕のことを好きになったのか分かりました。この世界で、強者を好きにならない人はいません。特に女性は。そしてその好意が徐々に恋愛感情に変わっていったんです。ドラマのようにね。ヒーローに助けられた少女が心を動かされないわけがないでしょう」

野村香織は一瞬固まった。渡辺大輔のその言葉は、彼女の最後の羞恥心さえも剥ぎ取ってしまった。恥ずかしさと怒りが込み上げ、心の内を見透かされた感覚が湧き上がった。もはや先ほどのような冷静さを保つことはできなかった。

誰にでも弱い部分はある。しかし、周りの人々は彼女の落ち着いた態度と強い存在感しか見ていない。彼女もまた二十代の若い女性に過ぎず、気にかけることも、大切な人もいるということを忘れている。渡辺大輔のように、そして彼女が心の奥深くに隠し、誰にも触れてほしくない過去のように。

「ギシッ...」野村香織は両手でハンドルを強く握り締め、手の甲に青筋が浮き出るほど力を入れていた。

女性の様子の変化を見て、渡辺大輔も驚いた。何気ない一言で、野村香織がこれほど激しい反応を示すとは思いもよらなかった。彼は手を伸ばし、優しく彼女の手を包み込んで、柔らかく言った。「香織さん、ごめんなさい」

野村香織に恋をしていることに気付いてから、もう何度目かの謝罪だった。実は彼の心の中では分かっていた。最も申し訳ないのは、あの年に救った少女に対してだということを。その少女は純粋な気持ちで彼を探し当て、その恩義と純真さゆえに、三年間の耐え難い結婚生活を耐え抜いたのだ。