野村香織はメニューを渡辺大輔に渡して言った。「あなたの番よ」
渡辺大輔は頷いてメニューを受け取り、料理を選び始めた。しかし、目はメニューに向けられていたものの、頭の中では先ほどの野村香織と関口勇との会話を考えていた。以前はどうして野村香織がこんなに攻撃的な話し方をする人だと気付かなかったのだろう。しかも、一言一言が相手を半死半生にさせるような言葉なのに、言っていることは理にかなっていて、怒りたくても怒る理由が見つからない。
適当に数ページめくり、ウェイターに数品を告げると、渡辺大輔は注文を終えた。野村香織と何か話そうと思った矢先、テーブルに置かれた彼女の携帯が鳴り出した。
野村香織は画面を見た。小村明音からのメッセージだった。「香織ちゃん、今夜の食事会はどう?関口勇はどんな感じ?」
野村香織は携帯を操作して返信した。「順調よ。関口勇は今夜、降圧剤でも飲まないと脳出血になりそうな勢いだわ」
少し大げさな言い方ではあったが、根拠のない話ではなかった。先ほど関口勇が帰る時、その顔は怒りで真っ赤になっていたのだから。
携帯を置くと、野村香織は男性が自分をじっと見つめているのに気付いた。顔を上げて男性と目が合うと、眉をひそめて言った。「私の顔に何かついてる?」
渡辺大輔は口を開いた。「君は昔からこんなに口が立つ人だったの?」
野村香織は呆れて笑った。こんな褒め方があるのだろうか?それでも答えた。「あなたが知らないだけよ。他の人は知ってるわ」
その言葉を聞いて、渡辺大輔はまた自責の念に駆られた。結婚していた三年間は無駄だったと感じた。野村香織のことを全く理解していなかった。そう思うと、胸が痛んだ。
「でも今は分かったよ」渡辺大輔は真剣に言った。
「好きにすれば」野村香織は返した。このろくでなしが知ろうが知るまいが、もはやどうでもよかった。今更彼女の良さに気付いても遅すぎる。
話題が途切れ、部屋は静かになった。野村香織はお茶を飲み、渡辺大輔は彼女から目を離さずに見つめていた。まるで芸術品を鑑賞するかのように、永遠に見飽きることがないような様子だった。
しばらくして、渡辺大輔は尋ねた。「君とサマーさんは一体どういう関係なの?」
野村香織は淡々と答えた。「もう言ったでしょう。私は今、彼女の上級アシスタントよ。何か問題でも?」