北川の夏川若様の顔を立てないわけにはいかず、宴会場のホテルの外には高級車が所狭しと並んでいた。5000万円以下の車はここに停める資格もないような状況で、野村香織はこの光景を見て、河東の社交界の名士の少なくとも90パーセントが集まっているだろうと推測した。北川不動産が河東で臨海公園を開発する件は最近話題になっており、多くの人々が様子を見に来て、チャンスがないか探っているようだった。
夏川若旦那は普段から不真面目そうで、だらしない態度を見せているが、実はかなり頭が切れる。ビジネス界の若手として、河東に来たばかりで四方から客を招待することを知っており、それは皆と顔なじみになるためだった。人は人によって高められ、そうすることで将来河東でより良く立ち回れるようになるのだ。
井上ホテルは全20階で、今日は夏川健志が貸し切りにしていた。有名な芸能人も多く呼んでショーを披露するとのことで、臨海公園のプロジェクトの成否はともかく、少なくとも派手な幕開けとなり、北川不動産は河東での第一歩を確実に踏み出したようだった。
今日の宴会は格式が高く、そのためセキュリティも非常に厳重で、招待状がない人は一切入場できなかった。野村香織は入り口まで来てから招待状を忘れたことに気付いた。宴会に参加するために着替えたため、招待状をクロークに置き忘れてしまったのだ。
入り口で表情の厳しい、がっしりとした体格の警備員二人を見て、野村香織はため息をついた。今から招待状を取りに戻って来ても、宴会は終わってしまっているのではないだろうか?
「仕方ないわね、大人しく帰るしかないわ。私が面子を立てないわけじゃなくて、あなたたちが入れてくれないだけよ」野村香織は心の中で3秒ほど残念がった後、来た道を引き返し始めた。入れないなら、早く帰って休んだ方がいい。そもそも彼女はこの騒ぎに加わりたくなかったのだから。
野村香織が予想もしなかったことに、数歩も歩かないうちに、耳障りな声が聞こえてきた。「あら、野村さんじゃない?宴会が始まる前に帰るの?それとも...夏川若旦那から招待状をもらえなかったのかしら?あはは...」