第412章 私もあなたの幸せを願う

心の準備はできていたものの、野村香織の口から「お互いに幸せに」という言葉を聞いた時、心臓に無数の刃物が突き刺さったような痛みを感じ、血を吐きたくなるほどだった。

野村香織の後ろ姿を見つめながら、渡辺大輔は今日以降、もうこの女性の前に現れる資格がないことを悟った。そこで、地面から立ち上がり、「香織」と呼びかけた。

香織は足を止め、背を向けたまま「何か用？」と尋ねた。

香織が不思議に思ったのは、渡辺大輔が何も言わず、足音から判断すると一歩一歩彼女に近づいてきていることだった。三メートル、二メートル、一メートル。香織には男が近くまで来ていることがわかった。この男が何をしようとしているのかわからず、香織は振り返った。

すると、男の大きな体が再び両腕を広げて彼女を抱きしめ、そして頭を傾けて彼女の唇にキスをした。男のキスは速く、切迫していて、まるで彼女を丸呑みにしようとするかのようだった。

香織は目を丸くし、男の舌が歯の間に入ってきた瞬間、体が少し柔らかくなった。男の鼻から感じる熱い息に、血液が急上昇し、心臓の鼓動が早くなった。

次の瞬間、香織は我に返り、力を込めて男を押しのけた。「大輔、何をするの？！」

渡辺大輔は香織を見つめ、突然目が赤くなった。「わかってる。俺はお前にとって嫌悪感を抱く相手で、俺のすることすべてがお前を不快にさせる。でも今のが最後だ。これからは、もう二度とチャンスはない……」

その言葉を聞いて、香織は口を開きかけたが、何を言えばいいのかわからなかった。むしろ、何かが胸に詰まって、息苦しくなるほど痛かった。この男が何を考えているのか理解できなかった。新しい恋人がいるはずなのに、なぜまだ元妻の自分に対してこれほど深い愛情を示すのか。本当に自分をバカにしているのか？

渡辺大輔は目に涙を浮かべ、鼻が詰まりそうな声で言った。「お前の幸せを祈ってる、香織」