011 バカを見る

藤丸詩織は、ホテルの最も豪華な大統領スイートのリビングにいた。

彼女は真剣な眼差しでパソコンを見つめていた。画面には一般人には理解できないコードの文字列が並んでいた。しばらくして、詩織はパソコンを閉じ、背後のソファに寄りかかって伸びをした。

詩織は藤丸明彦がそう簡単には諦めないことを知っていた。会社にいた時から不審に思っていたが、先ほど調べてみると、彼が会社の全資産を海外に移そうとしていたことが分かった。

もし彼が成功していたら、彼女は空っぽの会社と向き合うしかなくなるところだった。

幸い早めに発見できたため、それを阻止することができた。藤丸明彦がこの結果を知って取り乱した様子を思い出すと、詩織は嬉しくなり、顔にはますます明るく誠実な笑みが浮かんだ。

この三年間の経験は、まるで夢のようだった。詩織は今振り返ってみると、全てが非現実的に感じられた。記憶喪失時の自分と今の性格は、まったく違うものだったから！

詩織はゆっくり休むことにした。目が覚めたら、新しい自分になれるはずだ。

しかし、寝室に向かおうとした時、パソコンから通知音が鳴った。

これはハッカー界隈特有の通知音だった。

詩織は少し考えてから、まず何事かを確認してから休むことにした。しかしメールを開いて内容を確認すると、無表情になり、躊躇することなくそのメールをゴミ箱に捨てた。

桜井家、桜井蓮が彼女と協力したいだって？はっ、ゴミ箱こそが彼にふさわしい場所よ！

翌日の午前。

桜井蓮は車の中で、区役所に向かう途中だった。

「藤丸詩織はもう出発したのか？」蓮は助手席に座る相良健司に顎をしゃくって尋ねた。

「いいえ...」相良は小声で答えたが、すぐにバックミラー越しに蓮の表情に「やはりな」という表情が浮かんでいるのを見た。

それを見た相良は額に冷や汗が浮かびそうになり、急いで先ほどの言葉の続きを付け加えた。「お帰りになっていません。奥様は昨夜別荘にはお戻りになりませんでした。」

蓮はそれを聞いて一瞬顔色が暗くなったが、すぐに元に戻り、小声で呟いた。「ふん、離婚を避けるために夜も家に帰らないとはな。だがそんなことをしても無駄だ。私は一晩中かけて、お前を大人しく離婚させる方法を百通り以上考えてきたんだ。」

この時、相良は首をすくめ、耳を塞ぎたい衝動に駆られた。なぜ桜井社長は自分の考えを声に出すのか理解できなかった。恥をかくことを恐れないのだろうか？

しかも彼には奥様が今回、離婚を拒否しているようには見えなかった。

ただし、相良はそう思っていても口に出す勇気はなかった。結局、彼には年老いた親も子供もおり、家族全員が彼の仕事に頼っているのだから。

相良は仕事が必要だと考えていた矢先、何気なく窓の外を見ると、藤丸詩織がすでに区役所の入り口に立っているのが見えた。

相良：「......」

彼はそれを見たものの、蓮にそのことを告げる勇気が全くなかった。彼は身を縮めるようにして頭を下げ、まるで体を丸めて隠れようとしているかのようだった。

しかし、恐れれば恐れるほどそれは現実となる。次の瞬間、相良の耳に蓮の問いかけが届いた。「相良秘書、どうしたんだ？」

「私は、私は...」相良は言葉を詰まらせ、まともに話すことができなかった。

蓮は相良を横目で見て、淡々と言った。「いいだろう、おそらく大したことではないんだろう。私は大広間で待つことにする。藤丸詩織がいつ来るか見てみよう。」

そう言って蓮は車を降りた。

しかし蓮は車を降りるなり、詩織の姿を目にした。

詩織の服装は大きく変わっていた。赤い服が彼女に艶やかさを加え、以前とは大きく異なっていた。蓮はそれを見て一瞬動揺したが、すぐに顔を曇らせた。

蓮は数歩前に出て、怒鳴った。「誰に言われてそんな格好をしている？私がお前のそんな服装を嫌いだということを忘れたのか？それとも誰かを誘惑しようというつもりか？」

詩織は蓮の言葉を聞いて、馬鹿を見るような目つきで彼を上から下まで眺め、その後軽蔑的に視線を逸らし、彼を殴りたい衝動を必死に抑えた。

詩織が我慢している一方で、蓮は彼女の表情を見て完全に逆上してしまい、怒りに満ちた声で尋ねた。「藤丸詩織、その目つきは何だ？」

詩織も蓮に対して容赦なく、真っ赤な唇を開いて直接言い放った。「馬鹿を見る目つきよ。」