274 弁護士佐藤秋葉

相良健司はドアを開け、静かに呼びかけた。「藤丸詩織さん。」

藤丸詩織は眉をひそめ、そっと藤丸美音の布団をかけ直してから、隣の誰もいない病室に移動し、相良健司に尋ねた。「どうしてここに?」

相良健司は数秒考えてから、口を開いた。「桜井社長が、何かお手伝いできることはないかと伺うように言われまして。」

藤丸詩織は首を振り、淡々と答えた。「ありません。」

相良健司は一瞬戸惑い、小声で言った。「私の調べたところによりますと、藤丸美音さんとお父様の温水修さんとの裁判のために、弁護士が必要かと思いまして。」

藤丸詩織は目を細め、瞳に危険な色が浮かんだ。

相良健司は続けて話し始めた。「私ども桜井家の弁護士は、業界でもトップクラスの実力を持っており…」

藤丸詩織の携帯の着信音が、相良健司の言葉を遮った。

藤丸詩織は尋ねた。「弁護士の件は決まった?」

榊蒼真の笑みを帯びた声が電話越しに聞こえてきた。「姉さん、安心して。佐藤秋葉さんが承諾してくれたよ。」

藤丸詩織はそれを聞いて安心し、榊蒼真の様子を気遣う言葉を二、三交わしてから、電話を切った。

病室は静かだったため、相良健司は電話の向こうの声がよく聞こえた。すぐに相手が榊蒼真であることと、彼が話していた佐藤秋葉のことを理解した。

相良健司は心の中ですでに答えを知っていたが、それでも思わず呆然と尋ねた。「藤丸詩織さん、おっしゃっていた佐藤秋葉というのは、法曹界の王者、佐藤秋葉弁護士のことですか?」

藤丸詩織は頷いた。「ええ。」

佐藤秋葉は、卒業してから弁護士業界に入り、数十年間で千件以上の訴訟を手がけ、一度も敗訴したことがなかった。ただ、近年は受け持つ案件が減り、ほとんど表舞台から姿を消していたが、今回は榊蒼真の依頼を受け、藤丸詩織のために裁判を引き受けることになった。

藤丸詩織は相良健司を見つめ、真剣な表情で言った。「私は桜井蓮の助けは必要ありません。彼に伝えてください。もう執着するのも、私を調査するのもやめてほしいと。」

相良健司は藤丸詩織の言葉を聞き、改めて明確に理解した。桜井社長には奥様の心を取り戻す機会は本当にもうないのだと。

藤丸詩織は落ち込んだ様子の相良健司を見て、心の中で彼も大変だと感じ、不思議そうに尋ねた。「桜井蓮はこんなに扱いにくい人なのに、どうして秘書を続けているの?」