406 榊詩門は彼女を救った

藤丸詩織は信じられなかったが、脳裏には断片的な記憶が次々と浮かんできた。

爆発後、クルーズ船は猛火に包まれ、赤い炎と黒い煙が絡み合っていた。

彼女は胸を押さえて苦しそうにしていると、榊詩門は彼女をしっかりと抱きしめ、固く誓った。「詩織、絶対に君を危険な目に遭わせない!」

榊詩門は彼女を救命ボートに乗せ、ロープを解いた。

藤丸詩織は榊詩門の行動を見て、焦りながら尋ねた。「詩門、何をするの、詩門!」

榊詩門は藤丸詩織の反応を待たずに、力強く救命ボートを押し出した。いつものように優しく微笑みながら、遠ざかっていく彼女を柔らかな眼差しで見つめ、「詩織、救命ボートは一人しか乗れない。君に生きていてほしいんだ!」

榊詩門の言葉が終わるや否や、海風が突然吹き荒れ、濃い煙が立ち込め、巨大な客船と、笑顔を浮かべた男を飲み込んでいった。

橘譲は地面に崩れ落ちて泣く藤丸詩織を心配そうに支え上げた。「詩織……」

藤丸詩織は虚ろな目で言った。「詩門は私を救うために死んだの。救命ボートで自分が助かれることを知っていたのに、その機会を私にくれた。どうしてこんなに馬鹿なの、どうしてこんなに馬鹿なの。詩門は私にこんなに優しかったのに、私は彼のことを忘れてしまった……」

橘譲はため息をつき、優しく言った。「おそらく詩門は君に忘れてほしかったんだよ。君が彼のことを思い出さなかったのは、詩門が君に思い出してほしくなかったからかもしれない。過去のことを乗り越えて、幸せに楽しく生きていってほしかったんだろう。」

藤丸詩織は首を振った。「いいえ、私は彼のことを忘れたくない!」

橘譲は「詩門のお墓は榊家の墓地にある。まずは食事をして、食事の後で蒼真に連れて行ってもらおう」と言った。

藤丸詩織は手を上げて目尻の涙を拭い、静かに頷いた。

橘譲が寝室のドアを開けると、思いがけず榊蒼真が入り口に立っているのを見た。

榊蒼真は目を伏せ、唇を噛んで、数秒後に口を開いた。「詩織、食事をしよう。それから兄さんのところへ連れて行くよ。」

料理は美味しそうだったが、藤丸詩織は口に入れても何の味も感じなかった。機械的に食事を終え、黒いロングドレスに着替えて、榊家の墓地へ向かった。

藤丸詩織は墓石に刻まれた青年の笑顔の白黒写真を見つめ、涙が止めどなく流れ出した。