084 彼は不機嫌だ

蘇我紬が話す暇もなく、車から降りるやいなや影山瑛志に抱きしめられてしまった。

影山瑛志の力は非常に強く、蘇我紬は何度も必死にもがいたが無駄だった。彼女は諦めの表情を浮かべ、失望した声で言った。「おじいちゃんをこれ以上待たせるつもり?」

影山瑛志は蘇我紬の首筋に顔を埋め、少しかすれた声で言った。「先に行って、おじいちゃんと話が終わったら、僕と話をしてくれないか?」

「また今度ね」

蘇我紬はそう言い残し、再び身をもがいた。今度は影山瑛志が力を緩めた。

そして、蘇我紬は振り返ることなく歩き去った。

影山瑛志は夏川澄花に視線を向け、「この数日間、ありがとう」と礼を言った。

夏川澄花は軽く皮肉な笑みを浮かべ、「紬のことは私のことだから、お礼なんて必要ないわ」

そう言って、蘇我紬の後を追って中に入った。

久世澪は蘇我紬を見かけるとすぐに引き止め、真剣な面持ちで言った。「紬、この件については、もうおじいちゃんと瑛志に話してあるわ。あの全く同じ録音、私は白川蓮のところで聞いたことがあるの。この件は母さんが必ず解決するから」

蘇我紬は唇を噛み、少し意外そうに「いつ聞かせたの?」と尋ねた。

「おじいちゃんのお誕生日の日よ。でも母さんは本気にしなかったわ。うちの紬がそんな子じゃないって分かっていたから」久世澪は蘇我紬を一目見た時から、この子の表情に胸を痛めていた。

目に涙は見えなくても、少し腫れぼったい様子から、久世澪は蘇我紬が泣いていたことを悟った。

蘇我紬は心を打たれ、急いで久世澪の手を優しく叩きながら笑顔で言った。「お母さん、分かってます」

久世澪はため息をつき、「後で必ず正当な解決をつけるから、おじいちゃんの前では気持ちを崩さないでね。やっと少し落ち着いてきたところなのよ」

「はい」

蘇我紬も分かっていた。今回の訪問の目的は、おじいちゃんの気持ちを落ち着かせることだった。

しかし部屋に入って待っていたのは責めではなく、信頼だった。

この感覚に蘇我紬の心は温かくなり、影山家への未練がより一層強くなった。それだけに別れがより辛くなった。

気持ちは自然と沈んでいった。

蘇我紬はおじいちゃんの部屋のドアを開ける時、深く息を吸い込んで吐き出し、顔には既に笑みを浮かべていた。まるで何事もなかったかのように。