夏川澄花がここに来たのは、他でもない。
二つのことのため。
一つは自分のため、もう一つは蘇我紬のためだ。
蘇我紬が電話で言ったことを、夏川澄花は屁とも思わなかった。
この件が出てきた時、事態が悪化していく時、夏川澄花は影山瑛志を訪ねた。
元々は白川蓮のスキャンダルで、夏川澄花は面白がって見ていたのに。
たった数日で、こんな状況になってしまった。
しかし、影山瑛志の態度に彼女は心が冷え切った。蘇我紬のために心が冷えたのだ。
あの男は完全に白川蓮の味方になってしまった。
白川蓮の障害が蘇我紬の仕業だと知っただけで!
「あら、誰かと思えば、夏川スター。こんな場所は好きじゃないんじゃなかった?どうして御足労いただいたの?」派手な装いの女性が入り口に向かって歩いていたところ、夏川澄花とばったり出くわした。
個室は騒がしく、誰も二人の会話に気付かなかったが、夏川澄花が入ってくるのは皆が見ていた。
夏川澄花が来たということは何を意味するのか。
ここにいる人々は誰よりもよく知っていた。黒田伊織のことを。
芸能界の御曹司であり、最大手エンターテインメント企業の跡取り息子。一人っ子で、幼い頃から甘やかされて育った。
ただの甘やかしとは違う。
彼は優秀さを一身に集めており、どの面を見ても光るものがあった。何でもできるようで、できないことがないかのようだった。強いて言えば、得意なことの中から不得意なものを探すくらいだった。
そして、それでも業界人の多くを圧倒していた。
夏川澄花は彼女を一瞥しただけで、返事もせずに中へ進んだ。
女性も怒る様子もなく、自分の大きなウェーブヘアを触りながら、もう外には出ず、優雅に中へ入っていき、堂々と夏川澄花の前を歩いて黒田伊織の隣に座った。
その顔には得意げな表情が刻まれていた。
夏川澄花は見なかったふりをして、黒田伊織の顔に視線を向け、唇を引き締めて言った。「あなたの条件を受け入れます。」
黒田伊織は聞こえなかったかのように、無表情で手元の酒を一口飲んだ。
女性はその様子を見て、先ほど黒田伊織に断られたブドウを新しく剥き、皮を持って黒田伊織の口元に差し出し、優しく言った。「黒田様、これを…」
言葉が終わらないうちに、黒田伊織は口を開けて食べた。