時田浅子は老人の視線の先を見て、顔色が一変した。
藤原時央の顔には、かすかな口紅の跡がついていた!
きっと先ほど車の中で付いたものだ!
藤原時央はゆっくりと手を上げ、自分の頬に触れた。指先には、薄いピンク色が付いていた。
彼女の口紅だ。
「わかっているよ」老人は杖を握りしめ、春風のように穏やかに微笑んだ。
「何がわかるというんだ?」藤原時央はティッシュを取り出し、冷たい表情で指先の口紅を拭った。
時田浅子は彼の動作を見て、心に屈辱を感じた。
わざとキスしたわけじゃないのに!
嫌だとしても、他人の気持ちを少しは考慮できないの?
老人は時田浅子の方を見た。
時田浅子はすでに背を向けていたので、老人は彼女の表情を見ることができず、若い娘が恥ずかしがっているのだと思った。
「時央、爺さんが年を取ったからといって、何も分からないと思うなよ!別れのキスくらい!若い者は、みんなそうだ」
藤原時央の動きが一瞬止まった。
別れのキスだって!
彼がキスされただけで、老人はこんなに喜んでいる?もし老人が知ったら、彼が目覚める前の晩、時田浅子に……
老人は喜びのあまり踊り出すかもしれない!
彼はもう一枚ティッシュを取り出し、顔を拭いてから、窓の上下ボタンを押した。
老人は彼のこの生意気な態度を見て、強く窓ガラスを杖でつついた。
「浅子、行こう」老人は振り返って時田浅子の方へ歩いていった。
江川楓は車に乗ったが、すぐには発車しなかった。
「どうしてまだ出発しない?」藤原時央は冷たく尋ねた。
「若奥様と老爺様が中に入るのを見届けないのですか?」
「見る必要があるのか!」
江川楓:……
……
飛行機を降りるとすぐに、大木嵐は人を送って時田浅子と老人を空港まで迎えに来させた。
時田浅子は藤原家の本邸を見た。
一目見ただけでは、この邸宅がどれほど広いのか見当もつかなかった!
帝都のこの土地価格の高い場所では、手のひらほどの土地でさえ、数百万円もする!
藤原家の本邸の面積は、平方メートルではなく、畝で計算しなければならないだろう。
「やっと帰ってきた。浅子、早く中に入ろう」老人は時田浅子の手を握り、大門の中へ入った。
入るとすぐに、古風な屏風があった。
假山や池、小さな橋と流れる水。