第509章:恋の始まりを知らず

真夏の盛りで、夜になっても、依然として蒸し暑かった。

特に病院を出た後、あの蒸し暑さが直接襲いかかり、体を包み込んだ。

まるで時田浅子の今の気持ちのように。

彼女はゆっくりと顔を上げた。夜空はネオンに照らされて明るく、雲が厚く、空も霞んでいるように感じた。

雲の間で時折稲妻が光り、続いて轟く雷鳴が聞こえた。

時田浅子は足を踏み出して前方へ歩き始めた。

まだ遠くまで行かないうちに、空から雨が降り始めた。

彼女は傘を持っておらず、ただ漫然と前へ歩き続けた。

雨はますます強くなり、時田浅子は立ち止まった。目の前の景色は雨に遮られ、彼女はもう我慢できず、涙を思いのままに流した。

彼女の脳裏には、母親が運ばれていく光景が勝手によみがえった。

もし母の状態が悪化したらどうしよう?

彼女は一体どうすればいいのか?

もしそうなったら、絶対に斉藤若春を許さない!

斉藤若春のことを考えると、時田浅子の頭には藤原時央の表情や、彼女と藤原時央のこの間の出来事が次々と浮かんできた。

突然、時田浅子は苦笑いを浮かべた。

「時田浅子、あなたは最初からわかっていたじゃない?あなたと藤原時央の間は、ただのゲームでしょう?彼が飽きて、嫌になって、あなたがいつでも退出できるゲームに過ぎないのに!なぜまだこんな期待を抱くの?あなたは狂ったの!」

斉藤若春と彼は5年以上も知り合いで、かつては結婚相手として選んだ人だった。彼がどうして斉藤若春を疑うだろうか?

金恵のあんな言葉だけで、藤原時央がどうして斉藤若春を疑う気になるだろうか!

時田浅子は足を止め、茫然と前方を見つめた。

彼女の頭には、藤原時央と斉藤若春が一緒に食事をしている場面が勝手に浮かんできた。

藤原時央が自ら斉藤若春のために餅を巻いている。

それに斉藤若春のSNSで見たあの写真たち。

藤原時央はあれほど写真を撮るのが嫌いなのに、斉藤若春とはあんなにたくさんの写真を撮っていた。

彼は彼女に、斉藤若春とは単なる医者と患者の関係で、斉藤若春に対して少しも男女の情はないと言った。そして彼女はそれを信じていた。

彼は明らかに斉藤若春を妻にすることを考えていたのに、なぜ後になって彼女に近づいてきたのだろう?

藤原時央の車は遠くに停まっていた。時田浅子が立ち止まったのを見て、彼もドアを開けて車から降りた。