270 カップルペンダント

島田香織はもう一歩後ずさりしようとしたが、車内のスペースはこれだけで、彼女の後ろはベッドだった。もう下がることはできず、奈奈さんがいつの間にか出て行ってしまっていた。

「早く化粧室に行きましょう。もう遅くなってきました」

陸田健児は笑顔で頷いた。昨夜は彼の撮影シーンがなく、工場の視察に先に行っていたが、藤原おじいさんが午後に島田香織を訪ねてくるとは思わなかった。

元々陸田健児は島田香織が藤原おじいさんにいじめられるのではないかと心配していたが、今日の彼女の様子を見て、もう心配する必要はないと分かった。

「お昼は何が食べたい?」陸田健児は笑顔で尋ねた。

「火鍋にしましょう」島田香織はウサギのクッションのことを考えて、今回は陸田健児を断らなかった。ただし、彼女は陸田健児をご馳走しなければならないと考えていた。「いいですか?」

「いいね」陸田健児は花のように笑顔を見せた。

島田香織は陸田健児の目を見る勇気がなく、一度見てしまうと、その中に溺れてしまいそうで怖かった。

島田香織は俯いたまま、陸田健児の横を通り過ぎた。

陸田健児は島田香織の手を見つめ、握りたい衝動に駆られたが、最後には思いとどまった。

彼は振り返って島田香織の後ろ姿を見つめ、薄い唇が微かに上がった。彼と彼女には、まだまだ長い道のりがある。

午前中の撮影が終わると、陸田健児と島田香織は二人で火鍋店へ向かった。

この火鍋店も陸田健児のお勧めで、撮影現場からとても近かった。店内は屏風で仕切られており、古風な屏風と暗赤色のテーブルと椅子、そして古装を着た店員さんたちを見ていると、島田香織はまるで古代にタイムスリップしたような錯覚を覚えた。

彼女はこのような火鍋店は初めてで、賑やかではあるが騒がしすぎることもなく、テーブルに座って熱々の火鍋を楽しんでいると、体も心も温まってきた。

食事を終えて立ち上がった時、島田香織は食べ過ぎたことに気付いた。

会計のためにレジに向かうと、陸田健児が支払おうとしているのを見て、島田香織は急いで言った。「私、あなたにはたくさんお世話になってますから」

陸田健児はQRコードで支払おうとしていたが、島田香織の言葉を聞いて手を引っ込めた。

島田香織が会計を済ませ、二人が店を出ると、ちょうど学生たちがアンケート調査をしているところだった。