客たちは藤原航の動きを見て、誰も声を出す勇気がなく、何人かは携帯を取り出して動画を撮ろうとしていた。これは大ニュースになるに違いない。
しかし陸田健児は藤原航より先に壇上から降り、直接島田香織の前まで走っていった。
「香織」
周りには大勢の人が立っていたが、陸田健児は島田香織の傍らに立ち、その美しい桃の花のような目に笑みを浮かべながら、静かに島田香織を見つめていた。その眼差しは水が滴るほど優しかった。
彼はそうして笑いながら、何も言わなかったが、すべてを語っているようだった。
島田香織は陸田健児の目を見る勇気が少し出なくて、軽く目を伏せていた。
突然、遠くから悲鳴が聞こえた。
皆が声のする方を見ると、藤原おじいさんが気を失って倒れており、藤原執事が医者に連絡を取っているところだった。
壇上の司会者は経験豊富とはいえ、このような突発的な事態は初めてだった。
結婚式で花嫁が入れ替わるなんて、どう対処すればいいのか分からなかった。
藤原おじいさんが気を失い、現場はさらに混乱した。
藤原航は壇上から島田香織の前まで歩み寄り、真剣な表情で言った。「先に休んでいて、僕はおじいさんの看病をしてくる」
そう言うと、藤原航は急いで藤原おじいさんの元へ向かった。
島田香織は藤原航の去っていく背中を見つめ、眉をしかめたまま、長い間何も言わなかった。
陣内美念が横から近づいてきて、こっそりと島田香織に両手の親指を立てて、二人だけに聞こえる声で言った。「香織、あなたのこの手は本当にすごかったわ!」
陣内美念は最初、島田香織がなぜ藤原航と結婚しようとしたのか理解できなかったが、今やっとその理由が分かった。
藤原家次男の結婚式当日に花嫁が入れ替わるなんて、これが広まれば藤原家の恥になること間違いない!
島田香織の眉のしわは深くなる一方で、計画が成功した喜びは全く見られなかった。
陣内美念は不思議そうに島田香織を見て、肘で島田香織の腕を軽くつついた。島田香織が我に返ると、「香織、どうしたの?」と尋ねた。
「外で話すわ!」島田香織は落ち込んだ様子で言った。
今日は大勢の人が来ていたので、島田香織はここで人に囲まれたくなかった。
陸田健児はまだ島田香織に言いたいことがたくさんあったが、ここは話をする場所ではないと思い、島田香織を守るように結婚式場を出た。