藤原航は島田香織の顔に視線を落とし、静かに言った。「ずっと昔、ある少女が蓮の朝食屋でいつもこの二品を注文していたんだ」
藤原航が島田香織に気付いたのは、夏でも彼女だけが一人でそこに座って熱々の料理を食べていたからだった。
後に自分も一度食べに行ったが、確かに美味しかった。
島田香織は少し驚いた。
蓮の朝食屋。
中学生の頃、毎朝通っていた店で、そこに座っていると、藤原航が車から降りて学校に入っていく姿が見えた。
その店には彼女の大好物があり、さらに会いたい人も見られた。
長い年月を経て、島田香織は藤原航がその時から自分のことを知っていたとは思わず、躊躇いながら尋ねた。「私のことなんて気にも留めていないと思っていました」
藤原航は優しく笑い、甘やかすような口調で言った。「実は、ずっと前から気付いていたんだ」
島田香織の耳が思わず赤くなった。しかし、後の藤原航の態度を思い出すと、顔が曇り、無関心を装って言った。「そうですね。林杏のことが好きだった時も、そんなに注意深かったですものね」
「彼女のことは好きじゃなかった」藤原航は平然と言った。「彼女は兄の遺児を身籠っていた。私が気にかけていたのは子供だけだ」
藤原航はこのことを島田香織にはっきりと説明する必要があると感じた。そうしないと、彼女は誤解したままだろう。
島田香織は子供ではない。冷たい表情で言った。「そんなに説明する必要はありません。私たちはもう離婚しているんですから」
藤原航は彼らの結婚生活中の二人の問題について説明しようとしたが、言葉が喉元まで来て飲み込んでしまった。ゆっくりと進めていくしかないだろう。
藤原航の言葉は半分本当で半分嘘だった。当時は島田香織に印象を持っていただけで、好きではなかった。ただ、彼女を追いかけるためにそう言ったのだ。
藤原航は目を伏せた。今の自分は自分が嫌う姿になってしまった。自分の幸せのためなら手段を選ばない人間に。
島田香織は俯いてお粥を飲んでいた。食事を終えると気分が良くなり、ずっと俯いている藤原航を見て、自分の言葉に打撃を受けたようだった。
しかし、確かに藤原航との距離を保つべきだと思い、口を開いた。「もう帰ってください。私はこれから会社に行かなければなりません」