榊原 エリク

「私が突き落としたんじゃない！彼女が自分で飛び込んだのよ！」

「跪きなさい！謝罪しろ！」

三年間——。

島田香織は、自分のすべてを捧げて、藤原航との結婚生活を三年間続けてきた。どれだけ冷たい心でも、この三年で少しは温もりを帯びたはずだと、そう信じていた。

だが——
夫が、香織に跪かせ、やってもいない罪を藤原家の人々に認めさせようとしたその瞬間、香織はようやく気づいた。この男の心は冷たいどころか、無情そのものだったのだと。

あの日、香織は義妹の林杏とともに水に落ちた。
航は迷うことなく杏を救い、彼女を抱えて病院へ向かった。
泳げない香織はその場に取り残され、ただ警備員が来るのを待つしかなかった。

その事故で杏は流産してしまった。
だというのに、航は香織に弁明の機会すら与えず、彼女を藤原家の面々の前に引き出し、土下座して謝れと迫った。

藤原家に嫁いで三年。
香織は、自分がこの家では犬以下の存在なのだと思い知らされた。
そして何より、航が心の底から大切にしている林杏には、決して敵わないのだという現実を突きつけられた。

冷たい目で香織を見下ろし、わずかに眉を上げた航の表情を見たそのとき——
香織の心は、鋭い刃物で深く抉られたかのような痛みに襲われた。

「…それならいいわ。離婚しましょう」

香織は決意した。実家に戻り、家族が遺した莫大な財産を継ぎ、華やかで自由な人生を送るのだと。

だが、彼女はまだ知らなかった。
実家に戻った彼女は、ただ豪邸や高級車を取り戻すだけでなく、ハンサムで資産家の新しい恋人まで手に入れることになる。そしてなんと、かつて彼女を蔑ろにした前夫までもが香織の前に現れ、ひざまずいて許しを乞う日が来ようとは——

「ふーん、これは予想外ね」

香織はそう呟いた。

捨てられ妻、実家の力で世界を手に入れる

小山然は藤原航に少しも怯えることなく、眉を上げて言った。「やっぱりあなたは先見の明があるわね。今さら厚かましく島田香織を追いかけ直すなんて」


藤原航は手を小山然の肩に置き、右手に少し力を込めて握りしめた。小山然の顔から余裕の表情が消え、痛みに耐える強情な表情だけが残るのを見つめた。


小山然の額には冷や汗が増えていった。


「小山然」藤原航は優雅に手を引き、ティッシュを取り出して手を拭いた。小山然の手に触れた跡が少し汚れていた。「私は小山家に何の興味もない。もし君が再び島田香織や私に関わろうとするなら、粉々になって死ぬのが一番いい結末だろう」


「そう？」小山然は異常な笑みを浮かべた。


藤原航は使用済みのティッシュを小山然のスーツの襟元に突っ込み、車の方へ歩き出した。


392 異装癖？