今の彼女は荒木雅なのだから

 長い時間が経ち、彼女は冷静になって、すべての出来事を受け入れざるを得なかった。

 外の人々の催促に、彼女はシャワーを浴びた。

 荒木雅のへそ出しや胸元の開いた服の中から、肩だけ出る米色のワンピースを選んで着替えた。

 丸山みやこは彼女の後ろに立ち、彼女の体についた痕を見て、目に嫉妬の色が浮かんだ。

 「雅、あなたと若旦那は本当に..….寝たの?」

 工藤みやびは鏡越しに、丸山みやこの表情をしっかりと見た。

 「そうだと思う」

 できることなら、彼女も藤崎雪哉と関係を持ちたくなかった。

 丸山みやこは彼女が着替えを終えて振り向くのを見て、また親しげな笑顔に戻した。

 「行きましょう、お婆様たちが下で待っているわ」

 藤崎雪哉のベッドに上がったとしても、今日は藤崎家から追い出されることになるのだ。

 工藤みやびは気を取り直し、みやこについて階下へ降り、藤崎家の人々の詰問に向き合おうとした。

 下の応接間には二人が座っていた。白髪の老婦人は藤崎お婆様で、彼女を見てため息をついた。

 もう一人は先ほど上階で彼女を起こした若い男性で、藤崎雪哉の弟、藤崎千颯(ふじさき ちはや)だった。

 藤崎千颯には双子の弟、藤崎千明(ふじさき ちあき)がいたが、今日は不在だった。

 最後の一人は、昨夜彼女と関係を持った藤崎雪哉だった。

 まるで人の手で描かれたかのような端正な眉目と、息を呑むほどの美貌。

 スーツ姿でそこに座り、身の周りには名門の生まれならではの冷たい気品が漂っていた。

 彼女がこれほど詳しく知っているのは、荒木雅の記憶だけでなく。

 それ以上に工藤家が藤崎家の宿敵であり、工藤家が常に藤崎家の情報を追っていたからだった。

 三人の前に立つと、なぜだか裁判にでもかけられている気分だった。

 藤崎千颯は短気で、真っ先に彼女を叱り始めた。

 「おばあちゃんがあんたを拾ってくれたのは、あんたのじいちゃんがうちのじいちゃんを助けたからでしょ? それで今は家もごはんも用意してもらってるのに、まだ満足できない? 兄貴と結婚して藤崎家の奥さま?それ、妄想も大概にしなよ」

 「荒木雅、昨夜のことがあったからといって、何かが変わると思うなよ」

 ……

 彼も理解できなかった。兄は以前、彼女を見ることさえ嫌がっていたのに。

 二十年以上も女性に興味を示さなかった人が、昨夜突然荒木雅に手を出すなんて。

 どんなに飢えていても、こんな質の女を選ぶはずがないのに。

 工藤みやびは言い返すことができなかった。彼女がしでかしたことではないのに、今の彼女は荒木雅なのだから仕方がなかった。

 昨夜の出来事は、明らかに彼女の方が損をしているのに、まるで彼女が藤崎雪哉を汚したかのような扱いだった。

 丸山みやこは工藤みやびが黙っているのを見て、優しい言葉で彼女の弁護をした。

 「千颯様、雅は家庭の事情で、わざと無礼を働いたわけではありません」

 「アイツ、ぜったいわざとだろ!この家に来てから、どれだけ騒ぎ起こしたか……兄貴に色目使って、父さんの骨董をぶっ壊して」

 藤崎千颯は荒木雅が藤崎家に来てからの数々の悪行を怒りながら数え上げ、もはや堪忍袋の緒が切れた様子だった。

 工藤みやびは目を伏せ、黙って一言も反論しなかった。

 藤崎雪哉は時計を確認し、藤崎お婆様に言った。

 「俺が戻る前に、お婆様があの女の始末をつけてください。さもなければ、俺が直接ケリをつける」

 工藤みやびは言葉に含まれる殺気に、首を縮めた。

 藤崎雪哉が会社に出かけようとしたとき、丸山みやこは電話を受け、突然深刻な表情で二人を呼び止めた。

 「雪哉様、ウィルソンさんのために落札した『バラ』の絵に問題が起きました」

 藤崎雪哉の表情が曇った。「どうした?」

 丸山みやこは困ったような表情で工藤みやびを見て、「この前、岡崎さんが忙しかったので、私が絵を持ち帰ったんですが、途中で...…途中で雅を迎えに行って、彼女が車の中でうっかりコーヒーを絵にこぼしてしまって...…」