空港からホテルへ向かう際、彼女は藤崎千明と同じ車に乗ることになった。
車に乗るなり、藤崎千明は前の席にいる秘書からペンと紙を借りて、何かを急いで書き始めた。何を書いているのかは分からなかった。
工藤みやびは窓の外を眺めながら、見慣れた亜蘭国の西居都を見つめ、心は暗く沈んでいた。
車は1時間以上走り、ようやく撮影クルーが予約していたホテルに到着した。
車から降りる直前、藤崎千明は道中ずっと書いていた紙を彼女に渡した。
「何これ?」
工藤みやびはちらりと見て、受け取りたくなさそうだった。
「兄さんをなだめる言葉だよ。言葉も全部書いておいたから、後で兄さんから電話があったら、これを読んで聞かせてあげて」
彼女のあの不器用な口では、きっと上手く兄をなだめられないだろう。
だから、彼は早めに準備しておくのが良いと思った。
「いらないよ」
直感的に、あの紙に書かれているのはろくなものではないと思った。
「じゃあ、どうやって兄さんをなだめるつもり?」藤崎千明は眉を上げた。
「……」
工藤みやびは歯を食いしばり、黙って彼が用意したセリフを受け取った。
男性をなだめることは、彼女にとって本当に大変な任務だった。
彼女がホテルの部屋に入るや否や、藤崎雪哉から本当に電話がかかってきた。
藤崎雪哉の声はやや冷たかった。「今日、工藤家の人に会ったのか?」
工藤みやびはその声を聞いて、藤崎千明の言った通り、彼が不機嫌になっていることがわかった。
「昨日の映画祭には工藤さんと堀女優さんも参加していて、ある監督が紹介してくれたの。今日は撮影クルーが同じ便を予約していたから、飛行機で会ったわ」
「岡崎謙に最寄りの便を予約させる。帰ってきなさい」藤崎雪哉は低い声で言った。
本来なら、映画の宣伝だけなら彼は口を出すつもりはなかった。
しかし、彼女が工藤家の縄張りにいて、さらに工藤司と知り合いになったとなると話は別だ。
今、彼女が西居都にいる一分一秒が彼には不安でならなかった。
「でも午後には映画の宣伝があるし、私たちは夜の便で帰国するのよ」
彼女はちょうど飛行機から降りたばかりなのに、また帰国させるなんて、そんなに深刻なことなの?
藤崎雪哉の声は冷たく沈み、彼女に交渉の余地を全く与えなかった。