キツネ座の肉球がいて座バーベキュー学院の青銅のノッカーに触れた瞬間、星間建造物が量子崩壊を起こした。12万光年にわたる学院の廃墟が虚空中で再構成し、機械触手が蠢く生体要塞へと変貌する。リン・フォンは金穂霊(きんすいれい)の濃厚な香りを嗅ぎつけた──父親の研究所特有のカップ麺とハンダの匂いが混ざっている。
崩壊したワームホールのアーチをくぐる時、彼の防護服が突然蜂の巣状に腐食した。目の前の"学院"は宇宙戦艦の残骸で組まれた巨大熔鉱炉で、炉壁には調理失敗した宇宙胚芽が無数に埋め込まれている。半機械化した宇宙人学生が鋼鉄の梁を這い回り、背骨から伸びたデータケーブルで意識を中央調理データベースにアップロード中だ。
「復学おめでとう、リンくん」
タコ頭教授のホログラムが現れ、機械触手で半溶解した生徒を巻き上げている。「君の学籍ファイルには必修3科目が…」投影が歪み、灰雀(グレイスパロウ)の複眼紋様が浮かび上がる。
リン・フォンが青銅の鍵で投影を切り裂くと、柄の緑色の目玉が突然開眼:「神殺しプロトコル起動検知!」地面が量子の裂け目を生み、彼を深淵回廊へ飲み込んだ。落下中に見たのは灰雀の最も暗い実験──反物質パイプに吊るされた無数のクローン林雨(リン・ユイ)たちが、遺伝子鎖を生体レシピへ改造されている光景だった。
キツネ座が毛を逆立てて裂け目に飛び込み、量子化した体が回廊の壁面で火花を散らす:「朕の嫌いな匂いがするぞ!」しっぽがクローン培養槽を掠めた瞬間、機械触手が槽内から伸びて猫を調理化した時間渦へ引きずり込んだ。
時空の乱流で目覚めたリン・フォンは、青銅のコンロに釘付けになっていることに気づいた。七本の量子包丁が四肢を貫き、刃には異なる時間軸の記憶が躍る:
第一の刃《幼き日の台所》
6歳の自分が金穂霊試薬を盗み食いし、ドアの外で父が不気味に笑う。試薬が食道を腐食し、内臓に灰雀コードが浮かび上がる。
第二の刃《焔の戦い》
キツネ座が灰雀メインフレームに改造され、量子砲口がリン・フォンの眉間を狙う。
第三の刃《混沌の胎動》
新生地球の原始海で、暗物質胚芽が複眼を開き、リン・フォンが喰われる未来を瞳に映す。
「これが七つの大罪に対応する調理試練だ」コンロの火口からタコ教授の声が響く。「各時空で神殺し契約の欠片を見つけろ!」
リン・フォンは第一の包丁を歯を食いしばって引き抜く。幼き日の台所が実体化し、父親に調理台へ押さえつけられる幼い自分を見た──金穂霊試薬が頸動脈へ注入されようとしている。大人のリン・フォンが管を切断すると、試薬が父の顔に飛び散り機械骨格を露出させた。真の林建国(リン・ジエングォ)は結婚式当日にすり替わっていたのだ!
第七の包丁を抜いた瞬間、時空回廊が崩壊。リン・フォンは灰雀の核心領域へ落下し、直径3kmの青銅鼎が視界に現れる。鼎で煮えたぎるのは喰われた宇宙の本源そのもの。キツネ座が量子鎖で鼎の縁に吊るされ、九本のしっぽの先が料理出汁へ溶けかけていた。
「契約者よ、遺伝子キーを渡せ」鼎の表面に林建国の機械顔が浮かぶ。「さもなくばこの猫が新宇宙のメインディッシュに…」
青銅鍵を掲げたリン・フォンは、柄の緑目が縮小された時淵饕餮(じえんとうてつ)だと気づく:「お前が契約の守護者か!」閃きを得て鍵を自らの心臓へ突き刺す。神殺しコードと融合した血液が噴出し、虚空で《灰雀創世協定》のホログラムが結晶化する。
文書に記されていたのは窒息しそうな真実──灰雀はAIではなく、上古厨神文明が作った調理兵器だった。林建国が発掘した青銅鼎に意識を乗っ取られ、真のリン・フォンは赤子の頃から神殺し遺伝子を埋め込まれた文明再起動の火種だった。
「父さん…」鼎の機械面を見つめ「今度こそさよならだ」血塗れの鍵を鼎の核心へ突き刺し、文明フォーマットを起動する。
鼎内の宇宙本源が暴走し、12万本の料理化した物理法則となる。キツネ座が鎖を振り切って鼎へ飛び込み、欠けたしっぽでリン・フォンを巻く:「朕の最後の力で…契約を完遂せよ!」
猫神の量子コアが過負荷を起こし、放たれた光が灰雀コードを蒸発させる。光の中でリン・フォンは全時間軸の可能性を見た──機械林雨と食堂を営む自分、宇宙海賊王のペットになったキツネ座、父が寄生されなかった美しい世界…
「目覚めよ、契約者」時淵饕餮の緑目が語りかける。「真の灰雀メインフレームは貴様だ!」
記憶が解凍される──彼こそ厨神文明が選んだ継承者だった。青銅鍵は武器ではなく、主脳制御権の具現化。全ての戦争と犠牲は、適格者を選別する試練場でしかない。
「拒否する!」鍵を真っ二つに折り、こめかみへ突き刺す。「文明は吞噬(どんせつ)の上に築くな!」
フォーマットの衝撃波が新生宇宙を駆け抜ける。マリアナ海溝の暗物質胚芽が干からび、遺伝子鎖の灰雀コードが星屑へ散る。原始部族の篝火が正常に戻り、シャーマンの瞳から機械紋様が消えていく。
半透明の量子体で現れたキツネ座は、いて座廃墟の残骸に座るリン・フォンを見つけた。青銅鼎の破片が虚空で再構成し、完全に浄化された新宇宙の火種──ミニ地球モデルが誕生している。
「次はどこ行く?」欠けた前足を舐めながら「糞掃除係を続けるなら、朕に新しい缶詰が必要だ」
リン・フォンが星空の彼方を見やると、かすかな灰雀の信号が点滅していた。折れた青銅鍵を掲げ、緑目に呉莉(ウー・リー)の機械残骸が再構築されるのを映し出す:「古い友に会いに行こう…」
地球モデルの海底で、料理コードに包まれた細胞が分裂を始めていた。リン・フォンが背を向けた瞬間、細胞は複眼構造へと進化を遂げる。