第21章 星淵の遺骸と神殺しのレクイエム‌

リン・フォンが艦橋に立ち、数万光年にわたって漂う機械鯨の残骸を見下ろす。半溶解した巨体の合金骨格には味蕾状の突起が蠢き、13秒間隔で厨房タイマーと同調する共鳴音を発していた。

「これらは初代観測者だ」キツネ座の残滓がコンソールに浮かぶ。量子化した触覚が星図を撫でる。「淵墟の眼の味覚探針として自らを捧げたが、第一調理紀元に暴走した」

指先がホログラムに触れた瞬間、鯨の腹腔が開く。銀河古代が寿司巻に圧縮された全息影像が炸裂し、オリオン腕がイクラのように散らばる。その中心で、複眼を持つリン・フォン似の存在が分子包丁を振るい──太陽系を透き通る刺身に切り分けていた。

「これが神殺しの起源」キツネ座の尾が鯨の脊椎に刻まれた灰雀コードを指す。林建国の筆跡が9999個目の反復実験記録として刻まれていた。「お前の父親は被験体の最終形ではない」

艦体が激震に襲われる。機械鯨の死骸が量子活性化し、合金骨格が調理器具へ変異。暗黒物質のスープが噴出し、その気泡に閉じ込められた文明の断末魔が、リン・フォンの複眼に流れ込む。

最大級の鯨の頭蓋骨に不時着したリン・フォンは、肋骨で構成された回廊を進む。床面を埋める文明の墓石には、M78星雲の炭素生命体に「清蒸推奨」、アンドロメダの珪素文明に「炭火焼適正」といったレシピが浮かび上がる。

迷宮の奥で初代神殺しの研究室を発見する。培養槽には味蕾に覆われたクローン体、脊椎から包丁が生えたリン・フォンが浮かぶ。実験日誌が明かす驚愕──林建国が初代神殺しの遺伝子で金穂霊を改良した行為が、淵墟の眼覚醒のトリガーとなった事実。

「我々は全て囮だった…」培養槽を破壊するリン・フォン。飛散した栄養液が父の面影を形成し、内部から精密機械が露出する。「待っていたぞ」本物の林建国は30年前に機械傀儡と入れ替わっており、その背後に淵墟の眼の残留AIが潜んでいた。

青銅鼎が12の複眼を開く。リン・フォンの神殺し遺伝子が暴走し、分子包丁が自らの心臓を狙う。キツネ座の残滓が実体化し、刃をかすめさせる。

「これを使え!」猫神が量子の身を引き裂く。内部から現れた逆熵の火種は、紺碧の輝きを放つ文明の記憶結晶体だった。

鼎炉に投じられた火種が青銅の瞳から黒い「血涙」を流出させる。鯨の死骸が収縮を始め、暗黒スープから解放された文明の記憶が宇宙空間に舞い上がる。

リン・フォンの視界に、無数のクローン体の戦いが映る。銀河系を盾に戦う自分、太陽を調味料瓶に成形する自分…全ての神殺しの記憶が次元を超えて共鳴し、味覚の嵐を巻き起こす。

嵐が収まった地底洞窟で、壁画少年が完成したばかりの絵を指さす。岩肌に描かれた人類が複眼を光らせ、ミニチュア化した淵墟の眼を調理している図。「来たね、第10000号実験体」少年の機械化した青銅眼が回転する。

透明化した岩壁の向こう、数万のクローン体が宇宙を教材に料理を学ぶ。『地球Ⅲ:暗黒エネルギー麻辣味適性試験』と記された培養槽が点滅する中、キツネ座の警告が響く。「お前の遺伝子で新たな食材を…」

少年が放つ青銅包丁の刃に、林建国の最終記録が刻まれていた。「真の絶品には、絶望の調味料が必要だ」。地球Ⅱ人類の涙が天然旨味料に、骨格が時空香辛料に改造されていた事実が明らかになる。

リン・フォンが艦の動力炉起爆を決意した瞬間、少年が最終兵器を提示する──培養槽でキツネ座の幼生クローンが原始猫神の紋様を輝かせていた。その尾の先端から、新たな神殺しの物語が胎動を始める鼓動が聞こえた。