彼の手はゆっくりと拳を握り締め、その眼差しはナイフのように鋭かった。彼は長い足を踏み出し、不思議と女子トイレへと向かった。入り口に着いたとき、ようやく足を止めた。
彼は帝都圏の御曹司であり、帝都市全体で誰もが敬い、注目する第一人者だった。今、彼の心の中には極めて恐ろしい考えが芽生えていた。もしこの行動が誰かに発見されれば、彼は間違いなく市内の権力者や名士たちの陰口の的になり、三神家全体も彼と共に窮地に立たされるだろう。
それでも、彼はこの大胆な考えを後悔していなかった。神崎弥香が軽率な人間ではないことを知っていても、賭けるのが怖かった。
先ほどの神崎弥香と望月文臣が楽しそうに話し、うつむいて微笑む姿を思い浮かべるだけで、彼の心の中では激しい炎が燃え上がるようだった。彼は嫉妬で狂いそうになっていることを認めざるを得なかった。
長年、彼は極めて自制心があり、落ち着いた人物だった。しかし神崎弥香は彼をますます狂わせていた。今この瞬間、尊厳、理性、道徳、名誉、地位、すべてを投げ捨てていた。
彼は表情を引き締め、深く息を吸い込むと、これまで一歩も踏み入れたことのない女子トイレにゆっくりと足を踏み入れた。
これが初めて心の底から不安を感じる瞬間だった。彼は目を伏せ、数秒間立ち止まったが、予想していた悲鳴や怒声は聞こえなかった。
彼はようやく顔を上げ、周囲を見回した。共用の洗面台は空っぽで、女性の姿は全く見えなかった。
彼は思わず長いため息をついた。その場に立ち、半開きや大きく開いたドアを除外し、最後に視線は固く閉じられたドアに落ち着いた。
彼は眉をしかめ、緊張のあまり拳を強く握りしめ、真っ直ぐそちらへ歩いていった。しかし、そこに到達する前に、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「三神社長がこんな趣味を持っているとは知りませんでした!」
三神律は急に振り返り、遠くない場所に立って彼を見つめている神崎弥香を見た。彼は眉をひそめて神崎弥香をちらりと見て、冷たい声で言った。「彼はどこだ?」
「誰のこと?」神崎弥香は彼の言葉が意味不明だと感じた。
三神律は冷たく鼻を鳴らし、そっけなく答えた。「もちろん、君と楽しそうに話していた、ヒーローのように君を助けた望月文臣だよ!」