第003章 口答えするのか

電話が切れると同時に、綾瀬光秀はデスクに置かれていた書類を手で弾き飛ばした。派手な音が静まり返ったオフィス中に響き渡る。

入り口の秘書は物音を聞いて急いでノックして入ってきた。「綾瀬社長、どうされましたか?」

「車を用意しろ」

秘書は「はい」と言うと、まるで逃げるようにオフィスを出て行った。

光秀が別荘に戻ったとき、林田おばさんは掃除をしていた。

彼女は光秀が入ってくるのを見ると、急いで近づいてきた。「旦那様、お帰りなさいませ。奥様は今2階で休んでいます。先ほど医者が診察に来て、風邪を引いただけだと言っていました。数日で良くなるでしょう」

光秀はスーツを脱ぎながら階段を上り、彼女の言葉には耳を貸さなかった。

寝室のドアを開け、イライラしながらネクタイを緩め、ベッドの側に行って女性の寝顔を見下ろし、軽蔑するように冷たく鼻を鳴らすと、手に持っていたスーツをベッドに投げた。

優奈はもともと浅い眠りだったので、物音を聞いてすぐに目を覚ました。

彼女が振り向いて光秀の姿を目にしたとき、思わず目を見張った。彼は会社にいるはずではなかったのか?

優奈の声は弱々しさを隠せなかった。「どうして帰ってきたの?」

綾瀬は身を屈め、ゆっくりと彼女へと歩み寄る。彼の纏う強い男性の気配が、じわじわと優奈を包み込んでくる。その頬が赤く染まっているのは、熱のせいなのか――それとも、別の理由なのか

彼女が何か言おうとしたその瞬間、男の嘲るような声が先に落ちた「医者に診てもらわずに、ここで死んだふりをしているのか?」

優奈はまつげを震わせ、落ち着いた様子で言った。「医者には診てもらったわ。薬を飲んで医者の指示通りに寝ていただけ。死んだふりなんてしていないわよ」

光秀は、まるで信じられないというように目を細めた。「口答えしているのか?」

優奈は目を伏せ、長いまつげが彼女の心の内を隠した。ただ淡々と口を開いた。「綾瀬さんは人を侮辱する言葉ばかり。事実を述べただけじゃダメなの?」

言い終えると、彼女は少し苦しげに体を横に向けた。「用がないなら出て行ってください。熱があると、本当にしんどいんです。休ませてください」

光秀は女性が背を向けるのを見て、両手をゆっくりとスラックスのポケットに入れ、その眼差しは深く測り知れないものになった。

優奈はひと眠りして午後までぐっすり眠った。目が覚めたときには、少し楽になった気がしたが、とにかくお腹が空いて仕方がなかった。

何か口にできるものを探そうと階下へ降りた優奈の目に飛び込んできたのは、ソファに静かに座る光秀の姿だった。

光秀は整った容姿と、どこか他人を寄せつけない冷ややかさをまとっていて、その気配すらも彼の気品を際立たせていた。ただ見ているだけで、優奈の頬がほんのりと赤く染まり、胸の鼓動が早鐘のように高鳴る。足取りが自然と鈍り、彼女は両手を強く握りしめる。爪が手のひらに食い込みそうになるほどに。

優奈は男性が自分から話しかけてくるとは思っていなかった。「起きたのか?」

彼女は唇を噛み、かすかな声で答えた。「うん」

「どうして熱を出したんだ?」

「昨日冷たい水を浴びて、それで熱が出た」

光秀は鼻で笑い、吐き捨てるように言った。「言い訳にしては雑すぎないか?昨日の横浜の気温は26度だったぞ。高橋さんは白い教会でずいぶん豪華で慎ましい結婚式を挙げてたよな?冷たい水はどこで浴びたというんだ?夢の中か?!」

優奈は視線を落としたまま、彼が昨夜のことをすっかり忘れてしまったのだろうと推測した。

彼女は説明しようとはしなかった。これまでの数回のやり取りで、説明したところでこの男性には嘘だと思われるだけだと分かっていた。

「信じないなら、なぜ聞くの?」

彼女はそう言い捨てると、キッチンに向かって何か食べるものを探そうとした。空腹と倦怠感で、もうこれ以上彼とやり合う気力もなかった。

しかし突然手首を掴まれた。彼の動きは乱暴で、優奈は痛みを感じた。「痛い——何をするの?」

彼女がもう一度顔を上げて彼を見たとき、その瞳が、凍りつくように冷たく、陰鬱な光を宿していることに気づいた。そして彼の口から発せられた声は、まるで今にも噛み殺さんばかりの、鋭い怒気に満ちていた。「忠告しておく。みっともない手口で哀れな女を演じて、同情を引こうとするな。熱がある? 死にかけてる?――そんなもの、俺には一切関係ない!」