第313章 彼に頼めば……可能性はあるかもしれない

根岸詩音がこう言った時、彼女はオフィスチェアに座っていた。彼女の視線は高橋優奈の顔に落ち、唇が動くたびに、頬には浅くかすかな笑みが浮かんでいた。

まったく心からではない。

高橋優奈は彼女に近づき、彼女の前に立ち止まった。「どうしてこんなに突然なの?」

根岸詩音は高橋優奈を直視せず、目を伏せながら意識的か無意識的かわからないように頷いた。「うん、今氷室直人と婚約するのが一番いいタイミングなの。私にとっても、根岸家にとっても」

このような態度と反応、そして興奮も喜びもない口調から、氷室直人との婚約が根岸詩音を喜ばせることではないと簡単に判断できた。

高橋優奈はさらに彼女に近づいた。「詩音、婚約はあなたの人生の大事なことよ。どうしてタイミングで決めるの?大切なのはあなたの気持ちでしょう。あなたは氷室直人のことが好きなの?」

それを聞いて、根岸詩音の瞳が少し動いた後、彼女は言った。「彼は結局何年も付き合った男性よ。今は私にとても優しくて、私のために実の父親とさえ対立している。彼と結婚するのは悪くない選択よ」

彼女はゆっくりとこう言ったが、巧みに高橋優奈の「好き」という質問を避けていた。

高橋優奈はそのまま彼女に逃げられるつもりはなく、強調して言った。「つまり、氷室直人との婚約は悪くない選択だけど、最良の選択ではないということね」

「優奈、今は前と違うの。私は根岸グループの後継者で、もう根岸グループを継いだと言ってもいいわ。私個人の感情よりも、根岸家は私にとってより重要なの。それはおじいさんの一生の心血だから」

彼女の言葉が落ちた時、高橋優奈の脳裏には以前病院で綾瀬光秀が言った言葉が浮かんだ。

彼女は目に希望の光を宿し、根岸詩音を見つめながら言った。「でも前に綾瀬さんが言ったじゃない、河合さんと桜井様があなたを助けられるって。どうして氷室直人じゃなきゃいけないの?」

根岸詩音は彼女を見て、顔には率直な笑みを浮かべた。「だって氷室直人は私のことが好きだから」

高橋優奈は眉をひそめ、心配そうな目で女性の顔を見た。「じゃあ...あなたが本当に好きなのは誰なの?」