綾瀬光秀は振り向いて彼女の視線に合わせ、薄い唇に笑みを浮かべた。「彼女にそんな度胸があると思うか?」
高橋優奈は男を見つめ、頷いた。「私は...あると思います。だって彼女のお姐さんが戻ってきたから、今は後ろ盾ができたんです。さっきアパートで、帰る前に私を睨んでいましたし、明らかに以前より態度が横柄になっています」
「彼女に度胸があったとしても、綾瀬奥さんは私が簡単に騙されると思っているのか?」
「この世に騙されない人間はいません。ただ手口が巧妙でない詐欺師がいるだけです」
高橋優奈のこの言葉に、綾瀬光秀は思わず笑い声を上げた。
彼は身を乗り出して女性に近づき、手を伸ばして彼女の頭を撫でた。「その言葉は、綾瀬奥さんの口から出るとは思えないな」
彼女は車の座席に寄りかかり、男の仕草に身を任せ、何も言わなかった。
どうせ、雪村悦子がどう考えようと何をしようと、彼女は止められないのだから。
あの夜の男が誰なのか言うつもりなら、彼女も...成り行きを見守るしかない。
……
桜井昌也は綾瀬光秀たちと別れた後、自分の住まいには戻らなかった。
代わりに直接根岸家へ向かった。
男が根岸家の外に立ったとき、携帯を取り出して根岸詩音に電話をかけたが、応答はなかった。
彼は眉をひそめ、足を踏み出して中に入った。
男が会社の受付に着いたとき、立ち止まり、受付嬢を見つめ、薄い唇に魅力的な笑みを浮かべた。「お嬢さん、根岸社長はどの階で執務されていますか?」
受付嬢は桜井昌也のハンサムな容姿と礼儀正しい話し方、そして笑顔に頬を赤らめた。「お客様、予約はされていますか?」
「いいえ、でも私と根岸社長は親しい友人で、さっき彼女の携帯に電話しましたが、繋がりませんでした」
受付嬢は少し困った様子だった。「でも...予約がなければ、根岸社長にお取り次ぎできないんです」
桜井昌也は忍耐強く、終始優雅な笑顔を保ちながら言った。「ええ、取り次ぐ必要はありません。彼女のオフィスが何階にあるか教えてくれれば、私が直接行きます」
「でも...」
「私は悪人に見えますか?」
受付嬢は少し考えた後、ようやく口を開いた。「根岸社長のオフィスは23階です」
桜井昌也は頷き、笑みを深めた。「ありがとう」