声を聞いて振り向くと、黒いスーツを着た女性が林知恵の前にきちんと立っていた
「私のこと覚えてる?田中悦子よ」
コンテスト3位。
林知恵は礼儀正しく頷いた。「覚えてるわ、こんにちは」
田中悦子はスーツを整え、ついでに髪の毛も直した。「この前は私に席を譲ってくれてありがとう」
「気にしないで。そろそろ時間だから、先に上がりましょう。後でゆっくり話しましょう」
林知恵は時間を確認した。彼女はぎりぎりに出勤したくなかった。
今日は実習初日だから、少なくとも10分早く着いて環境に慣れておきたかった。
「うん」田中悦子は彼女の後について、少し興奮した様子で言った。「知恵、実は私、あなたの作品こそ一位にふさわしいと思ってるの」
林知恵は足を止め、注意するように言った。「悦子、それは心の中にとどめておいて、もう言わないで」
折木和秋は表面上見えるほど名誉に淡泊ではない。彼女は小さなことにもこだわり、目に一粒のほこりも許さないタイプだ。
しかし彼女たちが予想もしなかったことに...言葉が終わるか終わらないかのうちに、エレベーターのドアが開き、地下駐車場から上がってきた折木和秋がそこにいた。
林知恵と田中悦子は一瞬固まった。
彼女は聞いていなかったよね?
折木和秋のメイクは一見すると綺麗だったが、近くで見ると少し厚塗りで、目の下のクマもあまり隠せていなかった。
昨日の白魚のスープはかなり効いたようだ。
しかし折木和秋は演技が上手で、林知恵に視線を向けた後、田中悦子に目を移し、すぐに優しい笑顔を見せた。
「悦子さん、こんにちは。コンテストの時はちゃんとお話しできなかったけど、私も三男様もあなたの作品をとても気に入ってるわ」
「本当ですか?折木さんと三男様にそう言っていただけて光栄です」田中悦子は喜色満面で、折木和秋を見る目が輝いていた。
「どういたしまして」
言葉は田中悦子に向けられていたが、視線は林知恵を見ていた。
人の心なんて簡単に操れるものだ。
エレベーターを出ると、田中悦子はすぐに折木和秋のために道を開け、こっそり林知恵に言った。「折木さん、意外といい人ね」
林知恵は口を開きかけたが、何か言おうとして、結局何も言わなかった。
彼女たちを迎えたのは雪村真理のアシスタント、ベラだった。