第310章 知恵、ごめんなさい

ぼんやりとした中で、林知恵の前に一枚のティッシュが現れた。

彼女が断ろうとした瞬間、手の甲に湿り気が落ちてきた。

「ありがとう」彼女は声を押し殺して言った

「彼は大丈夫だから、先に出ましょう」木村悦子は慰めるように言った。

林知恵はうなずき、顔を乱暴に拭きながら、足早に寝室を後にした。

木村悦子と一緒に出てきたのは田中慎治もだった。

田中慎治は顔色が良くなかったが、彼のプロ意識はまだ健在だった。

彼は林知恵の前に歩み寄り、申し訳なさそうに言った。「林さん、すみません。感情的になるべきではありませんでした」

林知恵は首を振り、逆に尋ねた。「私の周りにはずっとこういう人がいたの?」

「ええ」田中慎治は説明した。「入るのは簡単だが、出るのは難しい。この世で脅威にならないのは死人だけだ」

それを聞いて、林知恵の顔は青ざめた。

彼女は宮本深から離れさえすれば、すべてが平穏に戻ると思っていた。

まさか自分の命がそんなに価値があるとは、考えるだけでも滑稽だった。

一方では彼女を軽んじ、もう一方では大金を払って彼女を排除しようとする。

広々としたリビングは沈黙に包まれた。

木村悦子は田中慎治を押して、雰囲気を和らげるように言った。「もういいでしょう、彼女を怖がらせないで。今日のことで、しばらくは安心できるわ」

田中慎治はうなずき、腕時計を見て言った。「ちょっと出かけなければならない。ここはあなたたちに任せる」

林知恵は不思議そうに田中慎治を見た。宮本深はまだベッドに横たわっているのに、道理から言えば田中慎治が離れるはずがない。

「田中アシスタント、どこへ行くの?」

「ちょっと物を届けに」

田中慎治は詳しく説明せず、そのまま家を出て行った。

林知恵は眉をひそめ、木村悦子に体を押されて座った。

「少し休んで、お茶を入れてくるわ」

「うん」

林知恵は混沌とした頭をさすった。

木村悦子は彼女の苛立ちを察したようで、お茶を探しながら彼女の注意をそらした。

「あまり考えすぎないで。三男様はあなたが研修に行きたいって言ってたでしょう?そうなれば、山高く皇帝遠し、彼らもあなたに手出しできなくなるわ」

林知恵は返事をしなかった。

なぜか研修の話が出ると、胸が詰まる感じがした。でも理由はわからなかった。