空港。
桑田剛は林知恵のスーツケースを手に取った。
「知恵、本当に申し訳ない。蘭子がこんなに愚かだとは思わなかった」
「大丈夫よ、どうせ行くことになったし、こんなに早く出国の準備をしてくれてありがとう」
林知恵の目は非常に穏やかだったが、視線は常に空港の外に向けられていた。
桑田剛は彼女がまだ未練があることを知っていた。育った場所への未練か、家族への未練か、あるいはあの人への未練か。
彼は慰めるように言った。「電話で一言言っておく?」
林知恵は視線を戻し、首を振った。「いいの、母は泣き虫だから、一度泣き始めたら止まらないわ。それは聞けない」
そう言いながらも、彼女の声はわずかに詰まっていた。
母親との別れさえできないのに、どうして彼女が口で言うほど気楽でいられるだろうか?
桑田剛は彼女が落ち着くのを待ってから、ゆっくりと言った。「行こう。山田照夫にラウンジに案内させよう。一般の人は入れないところだ」
話しながら、桑田剛は自然に林知恵のスーツケースを受け取った。
押し始めた時、手が少し止まった。
「君のスーツケース、なんでこんなに軽いの?」
「ほとんどの荷物は預けたわ。これは着替えだけよ。先に入っていて、私はトイレに行ってくるわ」林知恵は安心してスーツケースを桑田剛に預けた。
桑田剛は彼女が心の中で辛いことを知っていて、おそらくトイレで気持ちを整えたいのだろうと思い、うなずいた。
「行っておいで、中で待っているよ」
林知恵はすぐには立ち去らず、彼を見て穏やかに微笑んだ。「桑田社長、ありがとう」
そう言い残して、彼女は背を向けて去った。
桑田剛は彼女の後ろ姿を見て、何か違和感を覚えた。
そして、彼がラウンジに座り、10分、30分、1時間が経過しても…
アナウンスが二度繰り返されたが、林知恵はまだ戻ってこなかった。
山田照夫は異変に気づき、眉をひそめて言った。「少爺、もう搭乗時間です。林さんを探してきます」
桑田剛は手を上げて止め、林知恵が残したスーツケースに手を伸ばした。
パスワードが000だと気づくと、すぐにスーツケースを開けた。
案の定、中には綺麗なカード一枚以外何も入っていなかった。
「ありがとう」
桑田剛はその文字を撫でながら、思わず笑みを浮かべた。