第507章 蘭の香り

宮本深の声を聞いた時、林知恵は少し驚いた。

振り返ると、男の墨色の瞳と目が合った。相変わらず冷淡だが、何か言い表せない感情が隠されていた。

視線が流れる中、彼の目の奥には薄く甘美な色合いが漂っていた。

男はゆっくりと歩いて入ってきた。

元々ソファに座っていた数人の婦人たちが次々と立ち上がった。

「三男様」

「どうぞ、お構いなく」宮本深は淡々と言ったが、視線は林知恵から離れなかった。

彼はわざとらしく言った。「どうして彼氏の話になったんだ?聞いていると何だか見覚えがあるような」

宮本深が見覚えがあると言うのを聞いて、数人の奥様たちは顔を見合わせ、その男が誰なのか推測しているようだった。

林知恵だけが耳まで赤くなり、穴があったら入りたい気分だった。

奥様の一人が言った。「林さんにご紹介しようと思っていたのですが、彼女に彼氏がいると知って、ついつい誰なのか聞いてしまったんです」

「林さんの描写がとても詳しかったので、誰のことを言っているのか気になりますね」

彼女たちは林知恵の方を見た。

林知恵は手を強く握りしめ、もう話を続けられなかった。

宮本深が言った。「そんなに好きなら、彼女も人前で言うのは恥ずかしいだろう」

ここまで話が進むと、皆もこれ以上追求できなくなった。

年配の奥様が立ち上がって言った。「三男様がいらしたので、兄弟の再会の邪魔はしませんわ」

「兄弟」という言葉に、宮本深の表情は明らかに暗くなったが、何も言わなかった。

数人の奥様たちを見送った後。

林知恵はほっと息をつき、宮本深の後ろを見て尋ねた。「星奈は?」

「使用人から客人がいると聞いたので、田中慎治に彼女を先に二階に連れて行かせた」と宮本深は答えた。

「あなたの機転が利いて助かったわ」

星奈はまだ療養中なので、林知恵はあまり多くの人に注目されたくなかった。

宮本深は眉をひそめた。「さっきの話、何か言いたいことはないのか?」

「……」

さっきの話。

林知恵は頬を赤らめ、少し戸惑った。

ちょうどその時、山下穂子が入ってきて手招きした。「知恵、何をぼんやり立ってるの?早く私と一緒に二階に行って荷物をまとめましょう。ついでに星奈も見てあげて。数日会わないだけで、もう会いたくてたまらないわ」

「はい、はい」