壁の向こうにイケメンがいる（9）

　有栖川様は遠回しな言い方をせず、いきなり本題に入った。「本当にあなたが言ったように、若様はずっと家に帰っていたのですか？」

　執事が「はい」と答えようとした瞬間、有栖川様はさらに言葉を続けた。「あなたは若様に雇われたとはいえ、私はいつでもあなたをこの家から追い出すことができる。だから、よく考えてから私の質問に答えなさい」

　執事はためらいがちになり、しばらく葛藤した後、最終的に「はい」と言った。しかし、その言葉がまだ完全に終わらないうちに、有栖川様は振り向いて彼の目を見つめた。執事は言葉を詰まらせ、思わず頭を下げた。しばらくして、小声で言った。「有栖川さんは毎日帰ってくるわけではありませんが、時々は……」

　「今すぐ解雇されたいのか？」有栖川様は突然声を上げ、彼の言葉を遮った。

　執事は恐れて即座に黙り込んだ。しばらくして、うつむいたまま正直に告白した。「有栖川さんは一度だけ帰ってきました……」

　有栖川様の表情は一瞬にして険しくなった。

　「それはあなたが沖縄に行かれた最初の夜です」

　沖縄の最初の夜？それはもう一ヶ月以上前だ…有栖川様の表情は極限まで険しくなった。「つまり、若様は一ヶ月以上、一度も家に帰っていないということか？」

　「……はい」執事の声はほとんど聞こえないほど小さかった。

　有栖川様の目には怒りの炎が燃え上がった。窓の外に立っている執事を無視して、前で運転している中村おばさんに直接言った。「若様を探しに行きなさい！」

　……

　おそらく涼に会ったせいで、感情の起伏が激しすぎたのだろう、燿子は特に疲れを感じていた。寝室に戻るとすぐに、彼女は全身の力が抜けてベッドに横たわり、少しも動きたくなかった。

　燿子はまだ入浴していなかったので、本当に眠ってしまうことはなかった。目を細めて休んでいたが、どれくらい経ったのかわからない。疲れがそれほど重くなくなったと感じると、ベッドから起き上がってバスルームに入り、お湯を出した。浴槽がほぼ満杯になったとき、燿子は着替えの下着を持ってくるのを忘れたことに気づき、再び出て行った。

　更衣室はバスルームの真向かいにあった。燿子は適当に下着を一組取り、出てきて、バスルームのドアに向かってまだ二歩も歩いていないうちに、寝室のドアが突然誰かに強く蹴られて開き、耳をつんざくような「バン」という音がした。

　燿子はその音に驚いて全身が震えた。少しして振り向くと、夜に彼女を車から降ろした涼が、今やドアの前に立ち、赤く充血した目で彼女を見つめていた。

　彼は何も言わず、唇の端を一直線に結び、ただひたすら彼女を見つめていた。彼の漆黒の目の奥には、怒りが絶えず躍動し、全身から強大で恐ろしい殺気が漂っていた。

　このような涼の前では、燿子は大きく息をすることさえできず、ただその場に凍りついたまま、横顔で彼と目を合わせて対峙するしかなかった。

　階下の執事はまだ寝ていなかったのだろう、物音を聞いて燿子に何かあったのかと思い、「お嬢様」と呼びながら急いで階段を上がってきた。

　執事が角を曲がったところで涼を見つけると、足取りはすぐに遅くなり、声も特に慎重で小さくなった。「有栖川さん、あなたは……」

　執事の挨拶がまだ終わらないうちに、涼は振り向きもせずに後ろの執事に冷たく言った。「自分の部屋に戻れ、出てくるな！」