第107章 署名のない書類(その一)

この言葉を聞いて、星野夏子の美しい顔に笑みが広がった。しばらく深田勇をじっと見つめた後、ゆっくりと立ち上がり、「キッチンを見てくるわ」と言った。

キッチンの入り口に着くと、誘惑的な香りが漂ってきた。顔を上げると、深田文奈のすらりとした後ろ姿が目に入った。

すでに50歳を過ぎていたが、深田文奈は自分をよく手入れしており、今見ても色気があり、若く見える。星野夏子に似た容姿で、母娘が並ぶと姉妹のように見えた。

「帰ってきたの?」

夏子が後ろに立っていることに気づき、深田文奈は突然振り向いて彼女を見つめ、冷たい瞳に少しだけ光が宿った。

「うん」

星野夏子は小さく返事をし、ゆっくりと手を洗いに近づいた。

「この数日は学校も休みだし、お祖父さんも暇になったから、時間があれば実家に顔を出して、お祖父さんと過ごしなさい。この頃ずっとあなたのことを心配していたわ」

深田文奈は鍋の中の料理を炒めながら言った。

「わかったわ」

星野夏子はいつものように答えた。

この返事を聞いて、深田文奈は眉をひそめ、隣で黙って手を洗っている星野夏子を見つめ、心の中でため息をついた——

彼女の娘は、本当に自分の性格に似ていた。同じように冷淡で、同じように頑固で負けず嫌い。

「一昨日、彼が私を訪ねてきたわ」

考えた末、星野夏子は水を止め、突然静かに言った。

「誰が?」

深田文奈は視線を戻し、鍋の中の酸っぱくて辛いジャガイモの千切りを炒めながら答えた。

夏子は体を起こし、ゆっくりと振り向き、深田文奈の細い背中をじっと見つめた。長い沈黙の後、ようやく淡々と言った。「お父さん……」

これを聞いて、深田文奈の体は一瞬硬直し、動きも止まった。まるで何かに縛られたかのようだった。

「金曜日は星野心と橋本楓の婚約式だから、来てほしいって。それに、お爺さんの体調が悪いとも……」

……

「あなたがどう決めても、私は止めないわ」

しばらくして、深田文奈は突然振り向き、少し暗い目で星野夏子を見つめた。「夏子、私とあなたのお父さんの間のことは、ただ私たちが結婚生活や感情を育てる方法を知らなかっただけ。でもそれは、すべての人に当てはまるわけじゃない。どんな時でも、幸せを追求する権利を諦めないで。あなたは賢い子だから、母親が何を言いたいのか分かるでしょう」