低く冷たい声

J市ゴールデンエンペラーホテル。

1001号室、大統領スイートの扉の前に、背の高い少女がひとり佇んでいた。

彼女は白い肌に整った美しい顔立ち、墨のような長い髪を肩に垂らし、全身からは詩のような清々しい優雅さが漂っていた。

おじさんの言っていた大物が、中にいるのは間違いない。

なぜおじさんが彼女に契約を結ばせたがっているのかは分からなかったが、彼女にはそれに従うしかなかった。

少女がドアベルを押すと、ドアはすぐに音もなく開いた。

「失礼ですが、藤堂さんはいらっしゃいますでしょうか?」

厚いカーテンが日差しを遮り、電気もついていない室内は、薄暗さに包まれていた。

安藤若菜(あんどう わかな)はわずかに眉をひそめ、静かに部屋の中へと足を踏み入れた。

カチッ——

突然、ドアが自動で閉まると、彼女は反射的に電気のスイッチを探した。

「来たのか?」と、部屋の中から低く冷たい声が突然響いた。

若菜は驚いて、「藤堂さんですか?こんにちは。私は安藤と申します。今日は契約を結びに来ました」

彼女が慌ててバッグから契約書を取り出そうとしたその瞬間、見知らぬ男性の気配が鋭く迫り、細い手首を掴まれた。契約書は勢いよくパタンと床に落ちた。

「契約はそんなに急がなくてもいい。まずは品物を確かめさせてもらおう」男性は淡々とそう言った。その口調は落ち着いているが、どこか――危険だった。

目の前に高くぼんやりとした影が立ち、若菜の心にはなぜか恐怖がじわりと湧き上がった。

彼女は必死に冷静さを保ち、微笑みを浮かべて言った。「ご安心ください。私たち安藤家の商品はすべて品質保証付きです…」

「そうか。では、見せてもらおう」

暗闇の中、男性は口元をわずかに上げると、力強く若菜を腕に引き寄せ、軽々と抱き上げた。

若菜が柔らかなベッドに投げ出された瞬間、彼女は相手が自分の意図を完全に誤解していることにようやく気づいた。

「藤堂さん、誤解されています。商品というのは…私のことではありません」

「初めてか?」藤堂辰也(とうどう たつや)が突然、彼女の言葉を遮った。

若菜は一瞬戸惑い、すぐに顔を赤らめた。もし彼と契約を結ぶ必要がなければ、間違いなく彼を罵倒していただろう。

「お前たちも、俺を騙す勇気はないだろう」男性はそう言うと、筋肉質な体を彼女に押し当てた——

————

夜が訪れた。

若菜が気絶から目を覚ますと、部屋にはすでに辰也の姿はなかった。

床には乱れた服が散らばり、部屋にはまだ艶やかな余韻が残っていた。

昨晩の屈辱と惨めさが、その場に色濃く残っていた。

ベッドの横には、一式の服がきちんと置かれていた。彼女のために用意されたものだ。

若菜は涙をこらえ、唇を強く噛みしめながら急いで服を身にまとった。

この場所には、もう一刻も居たくなかった。彼女は辰也を訴え、必ず彼に痛い代償を払わせるつもりだった!

視線が突然、テーブルの上の契約書に落ちた。辰也はすでにそこにサインしていた。ある考えが彼女の頭をよぎり、彼女は何かを理解した。

若菜は顔色を青ざめさせ、慌てて契約書を掴むと、そのまま家へと急いだ。

まるで約束でもしていたかのように、今日はおじさんとおばさん、そして従姉妹が全員リビングに揃って座っていた。

若菜が帰ってくると、安藤明彦(あんどう あきひこ)は急いで彼女の手から契約書を奪い取り、サインを確認すると、すぐに笑みを浮かべた。

「若菜、さすがだな。おじさんのためにこの取引を成功させてくれたんだな。おじさんにどう感謝してほしい?何かプレゼントを買ってあげようか?」

「本当に…あなただったの!」若菜は体を震わせ、信じられない思いを目に浮かべていた。

なぜ彼が彼女に契約を結ばせたかったのか――それは、女を売り渡して栄達を求めるためだったのだ!

明彦の少しも悔いていない表情を見て、若菜は心が冷え切り、こう言った。