暗闇の中、男の目に驚きの色が走った。
彼は手を伸ばして薬の瓶を受け取ろうとし、安藤若菜の手を掴んだ。
彼女の手はとても小さく、柔らかく、滑らかだった。男はおかしいと思った。こんな状況なのに、まだこんなことに気を配る余裕があるなんて。
スプレーを受け取ると、彼は鼻に向かって二度吹きかけ、吸い込んだ。やっと楽になった気がした。
「ありがとう。なぜこんな薬を持っているの?あなたも喘息持ち?」
安藤若菜は彼の声が正常に戻ったのを聞いて、ほっと息をついた。「いいえ、弟が持っているんです。いつも彼のために持ち歩いているんです...」
あの日、安藤吉が発作を起こして以来、彼女はいつでもどこでも薬を持ち歩くことにしていた。万が一のために。
「まさか本当に役立つ日が来るとは思いませんでした」安藤若菜はもう一言付け加えた。まるで独り言のように。