第128章 名分なき師

車に乗り込んでから、夏目芽依はようやく思い出した。自分は病院まで来たのに、佐藤凡太を見に行くことを考えもしなかったことに。確かに佐藤凡太の面会時間はかなり厳しく制限されていて、この時間ではどうあっても会えないのだが、そんな考えが一瞬も頭に浮かばなかったことに彼女は大いに衝撃を受けた。

彼女、夏目芽依はそんな薄情な人間ではないはずだ。少なくともそうであってはならない。

羽柴明彦は車を運転しながら、バックミラーで彼女をちらりと見ただけで、表情がおかしいことに気づいた。

「どうしたの?」

「私?何でもないわ」夏目芽依は首を振り、あまり話したくなかった。

突然、携帯が鳴り、また叔父からの電話だった。彼女はあまり出たくなかった。さっき話したばかりなのに、またせかしてくるなんて。以前は叔父のことが結構好きだったのに、最近は家のこの件で随分と変わってしまった気がする。