夏目芽依は高級住宅街の分岐点で、以前注文した車が来るのをしばらく待っていたが現れなかった。携帯を取り出して運転手がどこまで来ているのか確認しようとしたところ、何件もの不在着信に気づいた。
「申し訳ありませんが、あなたのいる場所はあまりにも遠すぎて、行けそうにありません。この注文をキャンセルしてもらえませんか」と運転手からの電話だった。
この時間帯は皆、駅や空港へ向かうのを好む。少なくとも往復で客に困ることはない。駅や空港に行かないドライバーでも、ほとんどが市内を走り、帰宅する会社員や酔っ払いを送っている。今は郊外の高級住宅街にわざわざ来る人はおらず、ここまで来て人を迎えに行くと空車で一区間走ることになり、皆が割に合わないと思って、この辺りには来たがらない。
「じゃあなんで最初に注文を受けたの?」と言い返したい気持ちもあったが、考え直して黙っておいた。こんなことで言い争っても意味がなく、お互いの気分を悪くするだけだ。