156 去年の市状元(三更)

「cという学生?」

「気にしなくていいわ」秋山直子は頭を下げたまま、真剣に手を洗っていた。見なくても、それが長野誠だとわかっていた。

昨夜、河野朝美は彼に東京での彼女のことを話したはずだ。

今回の旅程は忙しく、直子は誰にも会いたくなかった。彼女は自分の行動範囲をコンサートホールと東大周辺に限定していた。河野朝美に会ったのは完全に偶然だった。

唯一予想していなかったのは、ずっと戦地記者をしていた河野朝美が突然帰国していたことだった。

直子は横からタオルを取り、手を拭いた。

外に出ると、長野誠のビデオ通話はすでに自動的に切れていた。

神崎深一はまだのんびりと彼女の本をめくっていた。それは外国語の小説で、内容は抽象的で、全体的な雰囲気は暗かった。

彼はページをめくるのが早かった。