久保輝美の胸の中の怒りは発散する場所がなかった。
彼女は帰る時、発散するかのように客間の脇にある棚を強く蹴ってから立ち去った。
鈴木湊と久保輝美の二人は車でここを離れた。
二人とも気づかなかった。
さっき久保輝美が蹴ったせいで、棚の上で燃えていたアロマキャンドルが倒れ、丸いキャンドルが棚からドンと床に転がり落ち、真っ赤な炎がテーブル脇のカーペットに燃え移り、カーペットが少しずつ炎に侵食され、もうもうと煙を上げ始めた。
幸い近くを通りかかった人が、家の窓から異常な黒煙が出ているのを見て、すぐに119番に通報した。
一方、高橋鐘一は安藤凪の家が火事になったという知らせをいち早く受け、急いでオフィスに駆け込んだ。「福井社長、奥様の家が火事です。奥様はまだ家の中にいて出てきていないそうです。」
福井斗真はそれを聞くと、顔色が変わった。彼はサッと立ち上がり、手近にあった上着を手に取ると振り返ることもなく飛び出した。高橋鐘一は急いで後を追った。
二人が安藤凪の住まいに到着した時には、炎がすでに家から噴き出していた。下の階の住民たちはすでに避難し、多くの人々が下に集まって119の救助を待っていた。
「こんなに大きな火事なのに?中に本当に人がいるの?助けを求める声が聞こえないけど?」
「人はいるはずだよ。張さんが自分の家を若い女の子に貸したって聞いたよ。張さんの家が最上階で良かった。そうじゃなかったら、この火事で私たちみんな逃げられなかったかもしれないよ。」
「私に言わせれば、中に人がいたとしても、もう出てこられないだろうね。」
……
福井斗真が到着した時には、炎はすでに屋根まで達していた。
真っ赤な炎が彼の目を刺激した。
彼は首筋の血管を浮き上がらせ、考えることもなく何百万円もする西洋スーツの上着を、近くで消火活動をしていた住民のバケツに浸した。彼はその濡れた上着を身にまとい中に飛び込もうとした。傍にいた高橋鐘一は驚いて、急いで前に出て止めようとした。
「社長、救助隊はもうすぐ到着します。それにこんなに大きな火事では、あなたが中に入っても奥様を連れ出すことはできません。」
社長が今飛び込めば、無事に戻ってくることはおろか、出てくることさえできないかもしれない。高橋鐘一は社長に危険を冒させるわけにはいかなかった。