それに、久保輝美は鈴木湊を知らないようだった。
安藤凪は福井斗真のことを思い出し、胸が締め付けられた。
彼女は手近にあった携帯電話を脇に投げ、ベッドに横向きに寝転がり、虚ろな目で天井を見つめた。彼女はまるで、一つの美しい檻から別の美しい檻へと飛び移った鳥のようだった。
窓の外の世界は彼女にとってとても遠く感じられた。
安藤凪は、しばらくの間は鈴木湊に会えないだろうと思っていたが、翌日階下に降りると、鈴木湊が顔を赤らめてソファに座りコーヒーを飲んでいるのを見た。
彼は階段から聞こえてきた物音に顔を上げ、安藤凪を見ると、輝く笑顔で立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。「凪ちゃん、帰ってきたよ。買い物に行きたかったんだろう?連れて行ってあげるよ」
彼の話題の転換があまりに速く、安藤凪はしばらく理解できなかった。
彼女が我に返った時には、すでに鈴木湊に引っ張られて別荘を出ていた。彼女は陶酔したような表情で深呼吸し、別荘の外の自由という名の空気を感じた。これはスペインに来て一ヶ月で、初めてこの別荘から出て現地の雰囲気を味わう機会だった。
車の中で、鈴木湊は申し訳なさそうな顔で安藤凪を見つめた。
「凪ちゃん、ごめん、わざと閉じ込めたわけじゃないんだ。君がボディガードを嫌がるのは知ってるし、一人で迷子になるのが心配で、手元の仕事を早く片付けて一緒に出かけようと思ってたんだけど、忙しくて今になってしまった」
安藤凪は片手で頭を支え、車窓の外を眺めていた。今日はちょうど休日で、スペインの繁華街はさらに人でにぎわい、車が行き交っていた。彼女は振り向きもせずに尋ねた。「じゃあ、今は忙しくないの?」
「忙しくないよ、凪ちゃん、今はゆっくり一緒に出かけられるよ」鈴木湊はすぐに答えた。
安藤凪は体を向け、深い眼差しで彼を見つめた。
「忙しくないなら、約束通り、母の遺品を返してくれるんでしょ?」
鈴木湊は安藤凪がまだこのことを気にしているとは思っていなかった。
彼の表情が一瞬凍りついた。いつものように何か言い訳をして誤魔化そうとしたとき、安藤凪がいらだたしげに言った。
「鈴木湊、私がスペインに来てから、あなたはいつも言い訳ばかり。昔の仲を思って何度もチャンスをあげたのに、あなたはずっと私をバカにしてる」
彼女の冷たい声に鈴木湊は心の中で慌てた。