安藤凪は体を起こし、携帯を取り出して連絡先を開いた。しかし、福井斗真の名前を見つけると、指先が宙に浮いたまま、なかなか押せなかった。心に溜まっていた勇気が、穴が開いたように消えていった。
もし...もし福井斗真が本当に自分に会いたくないとしたら、電話さえ取りたくないとしたら、どうしよう。今電話をかければ自ら恥をかくだけではないか。安藤凪が迷っているとき、隣にいた高橋雅子が見かねて、彼女の手を押さえ、福井斗真と登録されている番号を押した。
「雅子!」安藤凪は顔色を変え、驚いて犯人を見た。
高橋雅子はにやりと笑い、「何事も、自分で確かめてみないと納得できないでしょ。勇気を出して、状況はあなたが思うほど悪くないかもしれないわ」
安藤凪の心は乱れていた。
何か言おうとした時、突然電話が繋がり、向こうから福井斗真の馴染みのある声が聞こえた。「凪ちゃん」
彼の低くて少しかすれた声は、まるで耳元で囁かれているようで、安藤凪は熱さのあまり携帯を落としそうになった。しかしすぐに、毒のように全身に広がる思いが彼女を包み込んだ。
安藤凪は目に涙を浮かべ、澄んだ瞳に水気が宿った。彼女は急いでスペインのレストランの名前を言った。「今夜8時、このレストランで待ってるわ」
言い終わるとすぐに電話を切った。
……
電話の向こうの福井斗真はちょうどスペインに到着したところだった。
安藤凪はどうして自分がここに来たことを知っているのだろう?続いて、すぐに会えることへの興奮と喜びが湧いてきた。この一ヶ月、彼はようやく会社の緊急の仕事を片付け、鈴木湊と引き継ぎを済ませたところだった。
彼は鈴木湊と福井家の他のメンバーの争いを気にする余裕もなく、真っ先にスペインに向かった。まだ安藤凪を見つけていないのに、彼女から先に電話がかかってきたなんて、これが心が通じ合うということなのだろうか?
福井斗真はこの一ヶ月で初めて、心からの笑顔を見せた。彼の周りの鎖がこの瞬間に解かれたかのようで、多くの人が振り返って彼を見つめた。
……
夜8時、安藤凪は不安な気持ちで約束のレストランに到着した。入り口で福井斗真の姿が見えず、隠しきれない失望を感じた。やはり彼は自分に会いたくないのだ。落ち込んだ気持ちで帰ろうと振り向いた時、背後の人の胸に突然ぶつかってしまった。