第191章 承諾

最後の一筆を下ろす瞬間、安藤凪は顔を上げ、悲しみを堪えながら彼を見つめた。彼女のペンを握る指先は微かに震え、震える声には、かすかな期待が混じっていた。

「斗真、佐藤東の飴細工は好き?」

福井斗真は眉をひそめ、いらだった口調で言った。

「それがお前に何の関係がある?書類にサインしたら出て行け。俺の前で邪魔をするな。お前を見るとうんざりする」

「そう」安藤凪は自嘲気味に笑い、サイン済みの離婚協議書をテーブルの上に置き、福井斗真を深く見つめてから、背を向けて部屋を出た。

安藤凪は全身の力を振り絞って、泣き出さないように自分を抑えた。

彼女は病室を出て、壁に背中をもたせかけ、悲しみの感情が彼女を飲み込みそうになった。どれくらいの時間が経ったのか分からないが、彼女はよろめきながら病院の外へ向かって歩き始めた。しかし、数歩進んだだけで、足がふらつき、目の前が暗くなり、そのまま気を失ってしまった。

気を失う直前、彼女は誰かが自分の方向に走ってくるのを見たような気がした。安藤凪が再び目を覚ましたとき、彼女はすでに病院のベッドにいた。彼女は真っ白な天井を見つめ、何を考えているのか分からない様子だった。

そのとき、高橋鐘一が病室のドアを開けて入ってきた。

彼は安藤凪が目を覚ましたのを見て喜び、大股で近づいた。「奥様、やっと目を覚まされましたね。お腹にはお子さんがいるのですから、感情の起伏が激しくなるのは良くありません...幸い今回は私がちょうどお見かけしたので良かったですが、もし何か起きていたらと思うと...」

「私が倒れたのを最初に見たのはあなた?」安藤凪は顔を横に向け、感情のない声で、何か別の意味を含むかのように尋ねた。

高橋鐘一は一瞬戸惑い、それから頷いた。

「何かありましたか?」

「何でもないわ」

「奥様、社長にもお会いになったことですし、そろそろポルトガル行きのことを考えるべきではないでしょうか。私はあなたが社長のお子さんを無事に産んでくださることを願っています。ここにいれば、あなたにとって百害あって一利なしです。社長のことは私がいますから、もし何か知りたいことがあれば、私が...」

高橋鐘一は懸命に説得しようとした。

彼の話は途中で安藤凪に遮られた。

「分かったわ。ポルトガルに行くのは構わないけど、一つだけ条件があるの」