転んで恥ずかしい思いをしないように。
秋田結が彼を押しのけ、コートを抱えて個室の出口に向かって走る様子を見て。
彼の深い瞳に遊び心が浮かんだ。
秋田結。
お前は本当にやるな。
もう母親になった人なのに、本性はまだ変わっていないな。
秋田結は逃げた。
食事も十分に取らずに、そのまま逃げ出した。
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「結ちゃん、どうして一人なの?食事はした?」
秋田結がレストランを出ると、ちょうど湯川大助の母親と一人の上品な婦人が向かいから来るところだった。
あの日病院で、秋田結は湯川お母さんの冨井明嵐と一度会っていた。
冨井明嵐は、数年前に息子の湯川大助から秋田結のことを聞いていたと言った。
その日彼女に会って、一目で気に入ったという。
直接「結ちゃん」と呼んでいた。
秋田結は驚いて瞬きし、礼儀正しく微笑みながら挨拶した。「湯川おばさま、なんて偶然。こちらでお食事ですか?」