森川萤子はトイレに行って出てきたとき、頭がずっとはっきりしていた。深谷美香は彼女に服を羽織らせ、「行こう、車は駐車場にある、歩いて行こう」と言った。
「うん」森川萤子の頬は赤く染まり、みずみずしい桃のように見え、一口かじれば果汁が溢れ出しそうだった。
深谷美香は思わず何度も彼女を見てしまい、「あなたはどうしてこんなに人を惹きつけるの?私が男だったら、絶対にあなたを家に隠して、毎晩愛し合って、誰にも見せないわ」と言った。
森川萤子はただ笑った。
「ねえ、本当に言ってるんだけど、片桐家の三男はあなたに気があるんじゃない?彼は一晩中あなたを見守っていたわ。誰が彼に酒を勧めても、全部断ってたわよ」と深谷美香は言った。
彼女は交際に忙しかったが、森川萤子のことも忘れていなかった。
そして彼女は片桐陽向が24時間献身的な彼氏のように、萤子を一晩中見守り、誰が近づいても彼のボディガードに追い払わせているのを見た。
彼が萤子に何の気持ちもないなんて、彼女は信じられなかった。
「私みたいな女?」森川萤子は自分を指さした。「彼は目が見えないわけじゃないし、それに私はまだ人の妻だよ。彼は東京圏の旦那様なのに、夏目清美でさえ眼中にないのに、私に気があるわけない」
「どうして夏目清美の話になるの?」深谷美香は頭の回転が速かった。「夏目清美は片桐陽向のことが好きなの?」
森川萤子は鼻先を拭い、うっかり口を滑らせたことを後悔した。「偶然見かけただけよ。他の人には言わないで、あまり誇れることじゃないから」
「私がそんなにおしゃべりだと思う?でも夏目清美が片桐陽向に目をつけるなんて、目の付け所はいいわね。片桐家といえば、東京ではこのくらいの存在よ」深谷美香は親指を立てた。
「だからこそ、彼が私に目をつけるなんて夢物語よ。姉さん、少しは現実を見ましょうよ」森川萤子は首を振った。
彼女は片桐陽向と何か接点があるなんて、これっぽっちも思ったことがなかった。
「そうね」深谷美香は森川萤子に説得された。もし萤子が未婚だったら、片桐家に嫁ぐ可能性もあったかもしれないが、今はほぼ不可能だ。
結局、片桐家のような超一流の名家は、離婚歴のある嫁を絶対に受け入れないだろう。