森川萤子はボックス席に戻って食事をしていたが、先ほどの片桐陽向の嫌そうな口調を思い出し、急に食事がおいしく感じなくなった。
食事を終えて秘書デスクに戻ると、座ったばかりのところで内線電話が鳴った。
発信元表示に888と表示されているのを見て、森川萤子は電話に出た。向こうからは片桐陽向の氷のように冷たい声が聞こえてきた。
「ちょっと来てくれ」
森川萤子は彼の声の調子がおかしいのを感じ、急いで社長室へ向かった。
ノックをして入ると、彼女が机のそばに着くや否や、片桐陽向は一束の書類を彼女の胸元に投げた。
森川萤子は慌てて抱きとめ、下を見ると、それは人事部から送られてきた書類で、赤い「至急」のラベルが貼られていたが、実際にはすぐに処理する必要のない内容だった。
「森川秘書、君は秘書課で初日だが、こんな初歩的なミスを犯すのか?」
森川萤子は自分を弁解せず、急いで言った。「申し訳ありません、片桐社長。私の不注意です。すぐに持ち出して再処理します」
片桐陽向は冷ややかな表情で、「もし心ここにあらずなら、早めに辞めたほうがいい。私は役立たずは置いておかない」
森川萤子は彼の冷淡な態度の下に隠された怒りを感じ、何度も謝罪し、鈴木優子が先ほど持ち込んだ書類をすべて持ち出して、ラベルを貼り直した。
実際、片桐陽向が怒るのも無理はなかった。これは彼女のせいで、鈴木優子に書類の優先順位の付け方をきちんと説明していなかったのだ。
森川萤子はステッカーを剥がし、書類を整理し直した。
江川淮がふらりと近づいてきて、秘書デスクに寄りかかり、忙しそうにしている森川萤子を見ていた。
「森川秘書、この二日間、社長の機嫌がとても悪いことに気づいていますか?」
森川萤子は彼をちらりと見て、「私は目が見えないから、わかりません」
江川淮は軽く舌打ちして、「あの日、雲霞山に行った時、最初はあなたたち二人の雰囲気がとても良かったのに、後でどうして仲違いしたんですか?」
森川萤子の手の動きが一瞬止まった。「江口補佐、私が既婚者だということをお忘れですか?」
「既婚だからって何?それがむしろスリリングじゃないですか?」江川淮は平然と言った。
「あなたの価値観は...」森川萤子はもう文句を言うのも面倒になり、江川家の双子は、江川源のほうがまだ正常だと思った。