第3章 お久しぶりです黒田奥さん3

それに、黒田グループの高給は、どうしても捨てきれなかった。やっとの思いで合格したこの会社――簡単に手放せるわけがない。

……

「西村さん、この書類を社長に渡してくれる?」

西村绘里はトイレから出たところで、上司から渡された書類を受け取り、顔色が微かに変わった。手の中の書類はまるで熱い鉄のようだった。

「私はただの新人ですし、部長、恐らく……」明らかに避けたいのに、どうして自ら進んで行くことができようか?

「西村さん、黒田グループの社員規則第一条、無条件服従だ」

「……」西村绘里は頷いて、「はい」と答えた。

西村绘里は唇を噛み、熱い鉄のような書類を手に持ち、上司の指示通りに最上階のオフィスへ向かった。

フロア全体はシックな色調で統一され、落ち着いた大人の雰囲気に包まれていた。ここに立つと仙台全体を見下ろすことができる。さすが仙台の王者だ。

西村绘里の手のひらは汗ばんでいた。深呼吸をして、手を上げてドアをノックした。

「どうぞ」男の低く、よく通るその声には、不思議と人を惹きつける響きがあった。

西村绘里は唇を噛み、そのままドアを開けて入った。

「黒田社長、こんにちは。西村绘里と申します。これは部長から渡すようにと言われた書類です」西村绘里は表情を崩さないように、丁寧な笑みを浮かべる――そのつもりだった。けれど、声は微かに震え、口元の笑みも、どこか引きつっていた。

黒田真一は長い指で目の前の机を叩き、人を魅了するような雰囲気が漂ってきた。「西村绘里?」

黒田真一は薄い唇を開き、細長い黒い瞳を少し細め、唇の間でその二文字を噛みしめるように言った。声には、言葉以上の何かが滲んでいた。

西村绘里は男性のこの仕草に、心臓がドキッとした。

なぜか、この男性の言葉には、旧知の人に会ったような感覚があった。

もしかして……

「久しぶりだね、黒田奥さん」

契約結婚から三年、今や二年以上が過ぎていた。

確かに久しぶりだった。

西村绘里:「……」

彼は……知っていたのだ。

さっきまで他人のふりをして、深く測り知れない様子だったのに、自分はすっかり男性の偽りに騙されていた。そうであれば、西村绘里はもちろん本音で話すことにした。

「すみません、邪魔するつもりはありませんでした。黒田グループを選んだのは、給料が高いからです」

当時、彼から二千万円を受け取った。

唯一の条件は名ばかりの実のない関係で、他人のように振る舞うことだった。

自分はそれを常に心に留めていた。

「でも……どうか私を解雇しないでください。私は本当にこの仕事が必要なんです。会社の厳しい選考を通過して入社したんですから、黒田社長は情実に流されないでしょう?」

言い換えれば、誰が黒田奥さんになりたいというのか。

本当に給料が高すぎるだけなのだ。

黒田真一の薄い唇がかすかに上がった。西村绘里……面白い。

先手を打って、自分を不敗の地位に置くことを知っているとは。

「ああ、黒田グループは確かに能力主義だ」言い終わると、黒田真一は西村绘里がホッと息をついた様子を見逃さなかった。彼女は明らかに緊張していたのに、強がって冷静を装っていた。

黒田真一は長い指で手元の履歴書をめくりながら、何気なく尋ねた。

「西村绘里、19歳の時、なぜ一年間休学したんだ?」

西村绘里:「……」

「大学一年のときに……家の事情で、ちょっと」

この理由は、当時彼も知っていた。

実際には、それ以外にも理由があったが、西村绘里は触れたくなかった。

「ふむ」

黒田真一は履歴書の後ろの健康診断書を見ながら、続けて尋ねた。「そうか?では、なぜ下腹部に傷跡があるんだ?」

「虫垂炎……」

女性の話す速度の変化を察知して、黒田真一は口元を引き締め、黒い瞳は水のように静かで、まったく波風が立たなかった。

「ふむ」

西村绘里は小さな手を不自然に組み合わせ、背中は冷や汗でびっしょりだった。

あの時……

甘奈がお腹の中にいた時、胎位が正常ではなく、帝王切開を選ぶしかなかった。

確かに、これは彼に会う前の出来事で、自分のプライバシーに関わることだから、多くを語りたくなかった。

結局……

自分は子供の父親が誰なのかさえ知らないのだから。