西村絵里が黒田真一のオフィスから出てきた時、背中は冷や汗でびっしょりで、全身がひどく震えていた。
単なる偶然だったのに、男の視線が自分を針のむしろに座らせるようだった。
デザイン部に戻ると、他の新入社員の女性たちが黒田真一についてまだくどくどと議論しているのが聞こえた。
「ねえ、今聞いたんだけど、黒田社長は2年前に結婚したんだって......結婚後に家族から黒田グループの株式の40パーセントを手に入れて、黒田グループの舵取りになったんだって」
「そうよ、黒田グループが黒田社長の手に渡ってからたった2年ちょっとで、見てよ、もう仙台経済の大黒柱になって、事業は海外にまで拡大しているわ」
西村絵里:「……」
結婚して株式を手に入れた?
西村絵里は突然、あの男が自分と結婚した主な理由を理解した。
なるほど。
西村絵里は口元を引き締め、自分の席に戻って、手元にある黒田グループの基本資料に目を通した。
「ああ、前は黒田社長に会ったことがなくて、ずっと期待していたけど、今会ってみたら、黒田社長は私の心の中の神様よ、完璧な男性だわ。こんな男性を毎日見ているだけで三生の幸せを感じるわ。あの黒田奥様は毎日どんな生活をしているのかしら、毎朝そのイケメンで目覚めてるってこと?」
西村絵里:「……」
それは……
全然ない。
今日初めて会って、驚いて目が覚める可能性の方がずっと高い。
名ばかりで実体のない、他人同然の夫が突然自分の社長になるなんて、プレッシャーが大きい。
西村絵里は黒田グループの基本資料に目を通した後、最新のデザイン表を見続けた。新入社員のデザイナーは、実習期間中の作品を提出するだけでよかった。
もし自分の作品が幸運にも相手の会社に選ばれれば、直接正社員になれる。
正社員になった後の給料は、実習給の3倍になる。
……
他の女性たちは西村絵里がずっと静かに自分のデスクに座っているのを見て、思わず口を開いた。
「西村さん、さっき黒田社長と握手した時、あなた惚れ惚れして呆然としてたでしょ?あれ、もしかして――イケメンすぎてフリーズしたでしょ?」
西村絵里の口元が少し引きつった。
「私は、この質問は黒田奥様に聞いた方がいいと思う。だって彼女はこの状況に毎日遭遇しているかもしれないから」
「それに...ごめんなさい、私のアイドルは...HeySayJumpとEXOだから、黒田社長に惚れたり、彼のハンサムさに呆然とするのは難しいかも」
正確に言えば、HeySayJumpとEXOは甘奈の推しアイドルグループで、自分は強制的に好きになっただけだ。
西村絵里の発言に、全員が固まった。そして次の瞬間、ツッコミとざわめきが一斉に巻き起こった。
「西村さん、デザイナーでしょ?そのセンス、どこに置いてきたのよ?」
「ほんとそれ。黒田社長って、あんなに真剣にイケメンなのに!」
西村絵里:「……」
まあいいか。
相手のセンスは確かに格が違った
自分には本当に理解できない。
「はあ〜、黒田奥さんってほんと羨ましいよね。どんな徳を積んだら、あんな完璧な社長と結婚できるの?もはや一生分の運を使い果たしたレベルじゃん!」
「ああ、同じ女性でも、運命が違うわね」
西村絵里:「……」
……
デザイン部の女性社員たちが絶えず夢中になっているのを聞きながら、黒田グループに入社したばかりの西村絵里は少し慌ただしく感じ、あまり気にしなかった。
簡単に3つのデザイン草案を描いた後、一日の仕事を終えると、西村絵里はすぐに片付けて、バスで甘奈の幼稚園に急いだ。
まだ門に着く前に、プリンセスのドレスを着た小さな女の子が、小さな手を腰に当て、手に持った小さな旗を振っているのが見えた。旗の上には、とある男性アイドルの写真があった。